彷人の冒険その2

― 王の帰還 或いは「彷人の冒険」追補編


 2001年末、インターネット上にある『指輪物語』日本語ファンサイトに掲載されている文章を取り纏めて出版しようという企画が持ち上がりました。その際に私の責任分担箇所を増補する意味で書き足したのが以下の文章です。
 2002年2月、その本はこういう題名で出版の運びとなりました。残念ながら――というか予想通り――あまり話題になることもなく、最近では店頭で見かけることもめっきり少なくなってしまいました。そんな事情もあり、、改めてこのページにアップすることにしました。私なりに以前の旅の 補完を目指したもので、それなりの意味があるのではないかと考えています。(画像のほうもカラーですしね…(^_^;)) 


はじめに
 インターネット生活を始めて以来、私はずっと「ローハン王セオデン」をハンドルネームとして使用してきました。そのおかげというのか、「指輪物語関連サイト」ではこの名が既得権を得てしまっています。今となっては、うれしいような畏れ多いような微妙な心境ではあります。
 2001年に再び「トールキン巡礼の旅」を決行し、その際に気づいたことなどをまとめようとするにあたり、題名はこれしかないと考えました。「王の帰還」とはいっても、もちろん「偽セオデン王がオクスフォードに帰ってきた」という程度の意味しかありませんが、どうかご寛恕願えると幸いです。
 くだらない前置きはこれぐらいにしましょう。9年ぶりにオクスフォードを訪れてみて、いろいろ気がついたことがあります。また、前回書き落としたことも若干あります。それらを、以下にまとめておこうというのがこの文章の主目的です。基本的には「彷人の冒険」本編に対する補注という形で進めていきます。 

 指輪物語フィギュア
 私があんなに走り回って数点を手に入れたフィギュア。これは「Tudor Mint(チューダー・ミントと読むのでしょうか?)」社が出していたシリーズなのですが、おそらく「トールキン生誕百年」に合わせて発売されたものではないかと思います。それからもう10年以上が経った現在、この製品を手に入れるのはかなり困難になっているようです。事実、今回の旅行の際には、ついにそれらしいフィギュアを見かけることがありませんでした。かわって「Mithril(もちろん、あのミスリルからとった名前です)」というアイルランドの会社がメタル・フィギュアのシリーズを出しているのですが、これもロンドンではなかなか見つかりませんでした。私は、ピカデリー・サーカスの近辺にあるマニアックなショップで購入できただけです。「Mithril」社はインターネット・ショッピングができるようなので、どうしても欲しいという向きはそれにチャレンジしていただくのが手っ取り早いと思います。 ちなみに同社のURLは次のとおりです。
http://www.mithril.ie/

 マートンストリート21番地の質素なフラット
 このフラット(アパート)は、オクスフォード市内の東方に位置しています。駅からだと、植物園のちょうど手前あたりになります。さらに、このフラットに隣接――フラットの北側に 位置――してイーストゲート・ホテルが建っています。たった今、隣接と書きましたが、正確には完全にくっついていると表現するべきかもしれません。 どうしたって、ひとつの建物にしか見えないのですから。決して大きなホテルではありませんし、やや古びた感じは否めませんが、なんとなく落ち着けるところです。
 
さて、このイースト・ゲートホテル、トールキンとちょっとした関わりがあるのです。2001年に原書房から出された『トールキン「指輪物語」を創った男』という本を読んでいて気がついたのですが、ホテルの1階にあるレストラン兼パブが、例のインクリングス御用達の店のひとつだったということなのです。夏の旅行の際には、まだこの本は出版されておらず、私たちは全くの偶然でこのホテルに一泊し、さらには、くだんのパブで一杯飲んでいた――ホワイトビールなるビールの強烈さ! 美味いんですが、酔うわ酔うわ――わけですけれど、これもトールキンのお導きだったと言えるのかもしれません。(後ほど確認したところ、実は、『トールキン 或る伝記』のほうにも、このパブは登場していたのです 。すっかり見落としていました。同書の第4章の4「ジャック」の項に出てくる「東門亭」というのがそれにあたります。)
 以上のような理由で、このホテルは「トールキン巡礼の旅」にこそふさわしいと言えるのでは?
 もしもオクスフォードに泊まる機会があるのなら、ぜひともお勧めいたします。そうそう、このマゾムを入手したのもこのホテルでした。

 LIFE AND LEGEND」
 ボドレアン図書館が主催したトールキン展の公式プログラムといった趣の本書ですが、2001年現在、一般書店でも売られており ました。早い話、私がぬか喜びするような貴重アイテムではなかったということだったのです。
 さらに、日本へ帰ってきてから確認したところ、Amazon.com.jpからでもインターネット通販できるようになっていました。ほんとうにこの10年で時代は大きく変わったものです。
たいていの本は、何の苦労もなく手に入れられるようになってしまっているのですから。(そんなこともあって、最近はマゾム集めの対象から書籍が外れつつあります。これには「いくら集めたところでどうせ読めっこない」という諦めも多分に含まれていたりするのですが。)

 植物園
 1992年と2001年ではかなり様子が変わっていました。入り口の位置が変更になっており、内部の整備もかなり進んでいる、といった印象。 以前にはなかったはずのベンチなどもあちこちに置かれていました。
 トールキンが愛したヨーロッパクロマツは、入り口からそんなに遠くないところにあります。非常に大きな木なので、植物園の外からでも見つけることは可能です。もちろん、イーストゲート・ホテルからでも見えています。
 余談ですが、フィリップ・プルマンの「ライラの冒険」シリーズ の第3巻「琥珀の望遠鏡」にもこのヨーロッパクロマツは登場します。その意味でもここは私にとって特別な意味を持つ場所になりました。

 その角にある本屋
 ここもすっかり様変わりしていました。当然、「トールキン自筆の手紙」が置いてある気配はなく、それどころか、一見したところトールキン色は全く感じられませんでした。あのとき買っておけばよかった、などと今更ながら思ったりしますが、それこそ 「ないものねだり」というものでしょうね。 

 The Eagle and Child HALLS
 前回の無念――単に無知だったというだけの話ですが――を晴らすべく、 今度の旅では昼時を見計らって店内に突入しました。
 
私の頭の中ではトールキンたちが集まったのはこのパブのいちばん奥まったところ、というイメージがあったのですが、実際には入って少し奥に行ったところにインクリングスが愛用したという席があり、周りにはゆかりの人たちのポートレートやサインなどが飾られていました。(右がその証拠写真です。間抜け面をしてそれ を眺めている人物は気にしないでください。)
 ほんとうにさりげなくディスプレーされていますので、 気をつけないと、見落としてさらに奥の部屋まで行ってしまいそうになります。
 何はともあれ、ファンならば当然この席に座って食事(または酒)を味わわねばなりません。もちろんパブですから、代金のほうは至って安価です。味のほうもそれなりといえばそれなりではありますが。 私たちが訪れたときは、店内はそこそこ賑わっていたものの、運よく、だれもその席には座っていなかったので、思う存分写真を撮ったり店内を歩き回ったりできました。

 また、この店のメニューにはインクリングスとの関わりなどの解説が載せられていました。店の人に頼むと縮刷版のメニューを譲ってもらえるところが大きなポイント。きっと、世界各地からやってきたトールキンやルイスのファンからの要望に応えるための措置なのでしょう。 遠慮なく貰ってきましょう。ちなみにメニューの代金は取られませんのでご安心を。

 ウォルバーコート墓地
 1992年に行ったときにさんざん迷った経験から、今回はタクシーを利用しました。これなら10分もかからずに到着できますから、絶対のお奨めです。
  墓地の入り口で思わず笑ってしまうものを発見しました。なんとこの墓地が「1999年度セメタリー・オブ・ザ・イヤー」に輝いた、とのプレートが飾られていたのです。「墓地大賞」って、いったいなんなのでしょう?
 肝心のトールキンの墓ですけれど、植わっていたバラやローズマリーなどの植物がずいぶん生長しており、かなり雰囲気が変わっていました。斜め右の角度からのぞき込むようにしないと、墓碑銘が読めないほど。相変わらずいろいろなアイテムが置かれていたのが印象的でした。 左の写真でも、右上のほうにペンダントのようなものが2つ3つ掛けられているのがご覧いただけると思います。おそらくは定期的に取り除かれているのでしょう。そうしなければ、 訪問者の捧げ物であっという間にお墓が埋もれてしまうに違いないですから。

 上に、今回はタクシーを利用したと書きました。
 それは、オクスフォードの東の郊外、ヘディントンのサンドフィールド通り76番地にあるトールキンの旧宅を訪問しようという、もうひとつの目的があったからなのです。前回はヘディントンの地理的な位置が頭に入っておらず、結局、訪問を断念してしまっていました。後でよく調べてみるとオクスフォードからそんなに離れていないことが分かり、おおいに後悔。今度渡英する機会があったらと、心密かに決めていたわけです。
 トールキンは1953年から1968年までここに住んだのですが、これは『指輪物語』刊行直前から刊行後、アメリカを中心にして徐々に熱狂が広がっていった時期と重なります。 その意味で、『指輪』ファンにとっては聖地といってもよいような特別な場所です。
 実際に行ってみると、正面玄関の上の外壁にはトールキンがここに住んでいたことを示すプレート――『ホビットの冒険』に出てきた「スマウグと お山」の絵が彫り込んである――が貼り付けてありました。 右の写真がそれだけをアップで撮影したものです。ちよっと分かりにくいですが、左のほうに確かにスマウグが描かれています。 いったい誰がこのプレートを取り付けたのでしょうか。いずれにせよ、洒落たことをするものです。
 このトールキンの旧宅は、墓地、植物園、そして「The Eagle and Child HALLS」などとともにファン必見のスポットであると思います。 せっかくオクスフォードを訪れたなら、ぜひとも足を伸ばしてみることをお奨めします。
 もし「トールキン巡礼の旅に出たい」と考えられたなら、この家とウォルバーコート墓地の2箇所はタクシーで回り、オクスフォード市内にあるトールキン関連のポイントは自分の足で歩く、というのがいちばん効率的であると思います。 くれぐれも、以前の私たちのように「歩いていこう」などと思われないことです。まあ、それなりの楽しみは味わえることでしょうが。

 (世界各国での翻訳の挿し絵を付してある)注釈 ホビットの冒険』
 この本をもとに日本で出版されたのが『ホビット ゆきてかえりし物語』(原書房刊)です。『ホビットの冒険』(岩波書店刊)とはずいぶん趣の異なった翻訳がなされています 。いろいろと話題を提供した本ですので、ご存知の方も多いかと思います。。こちらで ちょっとした比較などしておりますので、ご参考までに。

 Journeys of Frodo』
 『指輪物語』の熱烈な愛読者であるBarbara Stracheyという女性が書いた本で、1981年に初版が出版されています。内容は、フロドをはじめとした「旅の仲間」の面々がどのような行程で旅を続けたかを、50葉の地図で示したものです。私もそうなのですが、『指輪物語』の地名や地理関係に頭を悩ま せたファンは少なくないはずです。この本は、そういう悩みを解決してくれる好著です。ぜひとも日本語版が刊行されることを期待したい本のひとつです。
(映画のヒットのおかげでしょうか。ついに2003年2月末に邦訳が出版されました。 版元は評論社。翻訳者はトールキンファンにとっては願ってもない伊藤盡氏。もう、買うしかありません。2003年2月22日追記)

おわりに
 勢いだけで行ってしまった1992年の旅とは異なり、今回はずいぶん要領よく各ポイントを回ることができたように感じています。 もちろん、10年近く経っても大きな変化のない町を訪問したからなのでしょう。歩きながらも、「ああ、前と同じだなあ。」と思うことがしばしばでした。
 とはいえ、やはり偶然に助けられたことは少なくありませんでした。まあ、それが旅の醍醐味であるともいえます。ただ、そうそうおいそれと行けるような所ではないのですから、事前の下調べは必須。こういう目的であるならば、やはり『トールキン 或る伝記』は欠かせませんね。 事前の熟読と旅への携帯を強くお奨めいたします。(赤龍館の主さま、ごめんなさいm(__)m)

 こうやって、まとめ直しているうちに、またまた訪問してみたくなってきました。映画狂騒曲が終わったら、なんて考え始めている自分が怖い…。