クワガタの危機回避能力?
キミならどうする?
胸に手を当ててよ〜く想像してみたまえ。
部屋でゆったりくつろいで音楽なんか聴いているとき、
窓の外から突然長さ5mのピンセットが侵入して、自分に迫ってきたら…。

反射的に飛び退いて部屋の隅に逃げる?
体が硬直して動けなくなったり、腰が抜けてしまうかな?
とっさに近くにある硬いものを掴んで振り払う?
どういう行動に出るかはそのときになってみないと「?」だろうけど、
とにかくハッキリしているのは頭の中がパニックになるだろう…ということ。
地球上の知的生命体の頂点として君臨している人間でさえ冷静でいられないんだから、
情けないよねぇまったく。

…とにかく夏の間、キミたち人間はそういうことばかりしてるわけだ。
だったらしなきゃいいじゃん。…って言われても止められないんだろう?
つくづく人間って勝手なもんだぜ。


これが、ぼくの引越し・・・いや逃避行ルートだ。

【最初の隠れ家(赤い円内)でいきなり・・・】

7月10日、クヌギ根元の樹皮下にいたぼくは、突然巨大ピンセットに襲われた。
10分間ほど力の限り抵抗したが及ばず、外に引っ張り出されてしまった。
んがしかし、定規を当てられただけで幸運にも元の場所に戻されたわけだ。
お年寄りに席を譲ったみたいに、良いことしたって思い込んでいるんだろう?
でも、あれほど体力を使って危機を脱出した「負の記憶」は消えないんだぜ。
ここは安全じゃないんだ。きっといつかまたあの巨大ピンセットがやってくる。
その前に新たな隠れ家をさがさなきゃいかんな…。


【やむなく次の隠れ家(黄色の円内)へ】

樹液の匂いをたよりになんとか4mほど離れたコナラへ移動したものの、
深い洞がなくてなんかしっくりこない。体が全部かくれないんだもの。
このままではマズイな…って思っていると、不安が的中。
7月22日、またあいつがやってきた。こんどは大勢いる。
掴み出されたあと、またリリースされる。
どうせ戻すんなら、もっと人目につかないところにしてくれないかなあ。

さすがに鈍いぼくだって学習したぜ。
「二度あることは三度ある」っていうからな。
敵が寝静まっているあいだに、こそこそと移動。
こういうのを人間社会じゃ「夜逃げ」っていうらしいけど、
幸いこの林は下草が少なく、移動しやすいんだ。
アズマネザサなんかが繁っていると、飛行高度あげなきゃいけないんで
大変なんだよ。だから、雑木林を手入れしてくれることに関しては、
人間に対して素直に感謝したいなって思う。

林のあちこちから樹液の匂いが漂ってくる。
風通しがよいと樹液も出やすいんだね。
10mほど離れたクヌギの根元に、いいめくれを発見!
ここならしばらく雨露をしのげそうだ。
秋風が吹くまでここにいてもいいかもしれない。
ただし、またあいつが来なければの話だけど…。

                             【完】


【解説】
「フィールド探検記」の記録では、ヒラタの体長が7月10日53ミリ、22日54ミリとなっているが、
定規を計測に用いたことによる誤差であろう。3ヵ所目(青い円内)の写真はないが、7月28日
ごろと記憶している。この林のヒラタ個体密度を考えると、同サイズ(しかも50オーバー)が3体
出現する確率は極めて低い。今後マーキングなどによる「裏付け調査」をする必要があるが、
物理的な刺激が強い(掻き出し器具類で長時間いじめる)ほど、迅速に反応するような気がした。