10月12日(金)

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この日は朝ちゃんと起きてホテルで朝食をとりました。2日目と同じ中華の朝定食です。今日も9時にさんが迎えに来てくれて出発しました。昨日まで車を運転してくれた人は上海へ出張だそうで、昔、警察にいたという人が運転してくれました。
まずは郊外に向かってしばらく走り、云栖竹径雲栖竹径を歩きました。数kmの小径の間、延々と竹林が続きます。「ときどき映画の撮影に使われます」と説明を受けながら到着したら、本当に林の中で何かの撮影をしていました。ハイキングやデートに最適な静かな散歩道です。空気もシャキッとして、朝の散歩には最適なところでした。私たちは★入口から1kmとは行かないところで引き返してしまいましたけど。
のんびり歩いて車に戻ってきたら、運転手の人が車をせっせと洗っていました。昨日の绍兴市までのドライブで人間だけでなく車も土ぼこりをかぶっていて、ドアノブを引くのも迷うくらい汚れていたのです。

車で西湖畔に戻って、柳浪闻鸴公园柳浪聞鶯公園に入りました。西湖のほとりに広がる公園で、幼稚園の遠足や近所のお年寄りが大勢きていました。この公園の中には昔の岐阜市長、松尾吾策さんの筆による★「日中不再戦の碑」があります。子供たちは日中戦争など関係なく、碑のまわりをよじのぼったりして遊んでいました。広い芝生の広場があり、子供はそこでころげまわったりしています。シートをひいて座っているグループもあります。
湖に向いて5mおきくらいに小さなベンチが並んでいます。夕方から夜にかけてのデートスポットだそうです。確かに、どういうわけか(?)他で見かけるベンチよりやや小さめで、二人が座るのがやっとの大きさです。季節がいい時はこのベンチが全部うまってしまうのだそうです。

次に車に戻ったら、さんに「私の職場を見てみますか?」と聞かれました。まさか民主主義国の公務員が中国政府の建物の中へ入れるとは思っていなかったのでびっくりして、それでも「ぜひお願いします」といって連れていってもらいました。役所の建物の仕組みは杭州でも同じようなもので、建物の中央部に廊下があってその両側にいろいろな部署の部屋があります。友好城市处友好都市課の部屋に入ったら李焔处长李焔課長がいらっしゃって、この部屋の中で記念写真をとりました。人民对外友好协会副会长兼秘書长対外友好協会副会長兼事務局長詹方瑜さんにも紹介していただきました。さんは今日はアメリカからのお客さんの応対をしているということで部屋にいらっしゃいませんでしたが、私たちが建物の外へ出るときにちょうど応接室から出てきて挨拶ができました。

そこから西湖の北へ回って、岳庙岳廟に入りました。南宋の時代にの侵略から国を守った岳飞岳飛という人のお墓です。英雄として崇められましたが、それを妬んだ部下に偽の告げ口をされ、その地位を奪われ死んでしまうという悲劇の人だそうです。カンタンにいえば中国版菅原道真。岳庙は中国版菅原天満宮。壁には「尽忠報国忠を尽くし国に報ゆ」の字が大きく書かれています。また、岳飞の活躍を描いた壁画があります。中庭には岳飞の墓があり、その手前には岳飞の部下の石像が並んでいます。さらにその手前、中門の裏側に岳飞の墓と向かい合うようにして岳飞を陥れた★4人の鉄像が後ろ手にしばられてひざまづいた形で並んでいます。英雄を陥れた罪は永遠に消えないため、こうやって鉄像になって永遠にしばられているのだそうです。
なお、この岳庙绍兴市禹庙も建物はごく新しいものです。こういったものはほとんど文化大革命の時に壊されてしまい、1976年の毛沢东毛沢東死去、四人組逮捕以後に昔と全く同じように再建されたものだそうです。文革とはおそろしい時代だったんですねぇ。

これで私たちの杭州観光は全部終わり。一旦ホテルに戻りまた二人だけで昼食をとりました。偶然に外事办公室外務部さんもアメリカ人を連れて昼食をとっていました。そしてしばらく休憩をして、14時からさんにショッピングに連れていってもらいました。杭州市工艺美术品服务部杭州市工芸美術品販売所では杭州の特産品、白壇の扇子、絹のレース編みの日傘、絹のネクタイ、玉や象牙の彫り物、西泠印社の印鑑などが売られていて、こまごまとしたものを買いました。ここでもさんがアメリカの人を案内しているのに出会いました。5才くらいの女の子を連れていましたが東洋人の顔なので、さんの娘さんなのかな。
次に杭州友谊商店杭州友誼商店でも買い物をしました。買い物をしているとあっというまに時間が過ぎて夕方になってしまいます。友好饭店に戻ってくるともうさんとも明日の朝駅まで見送ってもらうだけになってしまいましたので、今夜の夕食はお別れパーティーといった感じでさんと食べることになりました。そしたら友好饭店副总经理友好ホテル副支配人吴啓元呉啓元さんも同席してくれて、賑やかな夕食ができました。杭州市での食事もこれが最後です。結局、食事はほとんど大丈夫でした。これはさんが日本人に合うメニューを選んでくれたせいか、それとも杭州の料理自体がどれでも日本人に合うのかわかりません。ビールにもすっかりなじんで、青島啤酒チンタオビール上海啤酒シャンハイビール西湖啤酒シーフービールの区別がつくようになりました。えらいもんですね。

今夜のうちに別チャージとなっているものの清算をしておいたほうがいいとさんにアドバイスを受けて、フロントへいって清算してきました。合計が562元。VISAカードで払ってきました。内訳は次のとおりです。
日付内容金額
10/9日本へ電話6分間79元2角+手数料1元80元2角
3分間39元6角+手数料1元40元6角
3分間39元6角+手数料1元40元6角
11分間145元2角+手数料1元146元2角
10/106分間79元2角+手数料1元80元2角
6分間79元2角+手数料1元80元2角
10/11客室内飲物コーラ1本、トニック水1本14元  
洗濯サービスTシャツ2枚、パンツ1枚6元  
10/12日本へ電話5分間66元  +手数料1元67元  
客室内飲物トニック水1本7元  
合計562元  

部屋に戻り、荷物の整理にかかりました。明日の朝は早いので今夜のうちに荷物をまとめ、すぐ出発できるようにしておかなければなりません。同じ部屋に滞在していたために荷物の整理を怠っていたツケが一気に回ってきました。最後にきてなかなかハードな作業が残っていたもんです。绍兴酒の甕は私のスーツケースを埋めてしまい、はみだした着替えは布バッグに移しました。お土産を入れるために空の布バッグを持ってきていたのに、そっちに着替えを入れることになるとは。掛け軸はどうがんばっても入らないので、紙袋のまま持ち歩くことにしました。実際には列車とタクシーで移動するのでまぁ大丈夫でしょう。
荷物整理も一段落してボケーッとしていたら突然電話が鳴りました。こわごわ電話に出たら、友好饭店总经理友好ホテル支配人(日本からの派遣)の水野泰治さんからでした。結婚披露宴をした岐阜グランドホテルからの紹介状を受け取ったけど、ずっと上海に出張していて挨拶ができなかったという電話でした。友好饭店の日本側合弁企業と岐阜グランドホテルとは同じ昭和コンクリート系列の企業のようです。明日の朝食を一緒に食べるよう約束しました。なんだかかなり忙しい朝になりそうです。

杭州友好ホテルでの生活について
 日本との合資による高級ホテルで、設備も従業員も日本のホテルに遜色ありません。各部屋から国際電話も直接かけることができます。支払いの内訳にあるように客室内に冷蔵庫もあり、中にはコーラ、スプライト、つぶつぶオレンジ、青島ビール、トニックウォーターなどの缶が入っています。
 ランドリーサービスもあり、ドライクリーニングも可能です。こんなことならもっと持ってくる着替えの量を減らすんだった。私が利用した1日サービスは、朝、備え付けの袋に入れて洗濯を頼んででかけたら、夕方帰ってきたときにはすでにできあがって部屋に置いてありました。袋の説明によれば、日中、40分間でできあがる特急サービスもあるようです(たぶん。なにしろ袋には中国語と英語しか説明書きがなかったもので)。
 部屋のコンセントは200Vで、丸い形の穴が2つです。確かCタイプとかいう形です。妻はドライヤーだけ持ってきてアダプターとかトランスを持ってきてなかったので、滞在中ずっとルームサービスでドライヤーを借りていました。洗面所には200Vコンセントの隣に100Vコンセントがあって日本のプラグもそのまま差しこめますが、シェーバー用の容量しかなく、ドライヤーでは送風しかできません。
 それで私はといえば髭そりを持ってくることを忘れ、2日目に慌ててホテルの売店でシックの剃刀を買い、滞在中はずっとそれで髭をそっていました。まるで妻のことを笑えない。
 テレビも置いてありました。時期が時期だけにやたらアジア大会のビデオを放送していました。あとはなんだかドラマとかニュースとかが多く、さすがにバラエティーはありませんでした。あたりまえか。

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