通し稽古
(12月12日)
本番前日、全幕通し稽古が行なわれました。舞台装置は完成し照明も入って、ほぼ本番どおりの手順で進んでいきます。といっても、まだこのあとゲネプロ後にもいろいろ手直しをされてたので本番とまったく同じというわけではありませんが。
一幕一話は“天ん邪鬼”。お寺の屋根普請で、大勢の人が走り回っているところからお話が始まります。退屈していた天ん邪鬼、この騒ぎに気がついて、いたずらを思いつきます。屋根を傾けておいて、右を上げて直せという村人に混じって“左~!”と叫び村人を困らせます。
天ん邪鬼のしわざと気付いた村人が知恵を絞り、屋根は重いから持てないだろうとけしかけます。もちろん天ん邪鬼ですから、そう言われれば軽い軽いと答えて威張ります。天ん邪鬼が屋根を持ち上げたとたんに柱をはずしてしまいます。天ん邪鬼はもう手を離せません。その前でお祝いの餅つきだの振る舞い酒だのと踊る村人たち。困ってしまった天ん邪鬼をそのままに、このあと村人たちは去っていきます。そして今でも天ん邪鬼が神光寺の屋根を支えているんだとか。
一幕二話は“猿丸と母”。猿丸大夫は百人一首の「奥山にもみじふみわけ…」で有名ですが、その素性はまったくわからないとか。この地方には藤原高光が魔物退治に遠征した折に地元の女性との間に生まれたのが猿丸大夫であるとの伝説があります。要は高光さん、仕事で単身赴任したときに現地妻を作っちゃったのね。お子までできちゃって。そんな境遇の青年猿丸大夫、ちょっと世をすねてシングルマザーの母と二人暮らしをしているところへ都から藤原高光の使者が手紙を持ってきます。
高光の使者は猿丸の母が渡した返歌に驚き、そそくさと帰ります。母は高光からの手紙を見せ、猿丸を諭します。猿丸はこのあと都に出て、やがては三十六歌仙に挙げられるほどの人となっていきました。って、この解説では高光が何といってきたのか、母親がどう諭したのかさっぱりわかりませんが、そこらへんの細かい点は作曲の都合でばっさりカットされたんだそうです。
一幕三話の“名無し木”は関市にある天然記念物にまつわるお話。圧政に耐えかねた庄屋が代官を惨殺し、捕らえられて磔獄門になってしまいますが、獄門直前の庄屋のもとに村人が集まってきます。妻と村人のこれからのことだけを心配する庄屋。
城の太鼓が鳴って磔獄門の刻を知らせます。庄屋は自分を見晴らしの良い田んぼの畦に埋めるよう頼みます。村人たちの見送る中、庄屋は刑場に去っていきます。庄屋を葬った場所に名前もわからない木が生え、名無し木と呼ばれて今でも田を見守っています。一幕の終わりにふさわしい、荘厳な場面です。
二幕四話は“狐の嫁入り”。道に迷った下駄売り権太が庄屋の娘を狐と見まちがえてつかまえ、村人と騒動を起こします。反対に村人につかまった権太のところへさっきの娘がやってきます。このしぐさでわかるように実はやっぱり狐。でも権太は気付かずに小判で下駄が売れて上機嫌。
そんなところに白装束の嫁入り行列がやってきます。白装束といっても電波を避けているわけではありません。和紙衣装です。と思ったら、この行列もみんな狐。見事な狐の嫁入りです。さて、この結末は…?
二幕五話は“豆の木地蔵”。地蔵堂の尼さん、ちとのところに子どもたちが遊びに来て豆をねだりながら尼さんの生い立ちと豆の木地蔵について聞きます。小さい頃、貧しさから家を出なければならなかったいきさつを語ります。姉妹にひとつずつ豆の種を渡されて、芽の出なかった自分が家を出たこと。それから放浪の末にこの地に地蔵堂を建てたこと。今でも母に会いたいと願っていること。
そこへ盲目の老女とその娘がやってきます。この2人が子どものときに別れた母と妹でした。家を追い出したことを悔やみ、ちとに渡した豆のことを話そうとする老母に、すべてを許して受け入れるちと。
豆の縁で出会えたことを喜び、再び一緒に暮らそうと地蔵堂のほうへ退場します。本番では幕が下りていないのに客席から大きな拍手があったほどの感動的なクライマックスでした。
エピローグは村人が次々と登場してきます。ソリストも登場して並び、演出によれば、ここが歌ったままのカーテンコールに相当するらしい。