不随意筆ふあんの外面 その2(1977年7月)
まず、過日の
手塚治虫漫画全集刊行(※ 1977年6月15日第1期刊行開始。1997年12月16日完結。)に対する感想を一つ。
うれしかったです、ただひたすらに。装丁が悪かろうと紙質が悪かろうと、そんなこと関係ない。レオやサファイアの顔を見ただけで満足…。
刊行予定の中に『キャプテンKen』や『白いパイロット』など、心残りな思い出を持っていた諸作品が入っていたので一安心。『フライングベン』の名がなかったのは残念ですが、それも第2期以降に現れてくるでしょう。
さて、この全集、最初は文庫判で出す予定(※ 当時はいわゆる第1期のマンガ文庫本ブームでした。)だったのだそうです。それがB6判に変更されたのにはいろいろな事情があったのでしょうが、とにかく快挙と言えそうです。理想はB5判あるいはA5判ですけれども、それでは高くつきすぎて購入不能になりますので、この辺が妥当なところでしょう。
さあ、それでは…。
4 イヌとネコと
手塚治虫がネコよりもイヌのほうを好むってのは、かの有名な石上三登志大先生(知らない人は雑誌「奇想天外」(※ 当時、奇想天外社が発行していたSF専門誌。現在も活躍するSF作家新井素子なんかがここの出であったと記憶しています。)を見よ。)の意見。
そうかしらん?と思って考えてみました。
まず、イヌが主人公となるか重要な役割を果たす作品としては、『フライングベン』『ワンサくん』『鉄腕アトム/ホットドッグ兵団』『ブラック・ジャック/万引き犬、犬のささやき』などが思いつくところ。あるいは、これはアニメーション化されたとき新たに加えられたキャラクターではあるが、『どろろ』における野太。さらに、イヌの枠からはちょいと外れるけれど、『バンパイヤ』『ロロの旅路』それに『きりひと讃歌』なんてのも挙げておいてよさそうだ。
一方、ネコはっつうと、『鉄腕アトム/赤いネコ』『チッポくんこんにちは』『タイガーランド』『おけさのひょう六』『ブラック・ジャック/猫と庄造と』『空気の底/猫の血』『ザ・クレーター/鈴の音』などが気づいたところである。
このほかにもイヌやネコの登場する作品は多いだろうけれども、なにぶん私も研究不足で…。(※ この程度の認識で手塚ファンだとは、よくも言っていたものだと思います。)
こんな状態で明言してしまったらいけないとは思いつつ…。私自身の好みは後者のネコになってしまうのである。特に『ブラック・ジャック/猫と庄造と』の、あの洋子、マモル、カズコという3匹のネコたち。それに『おけさのひょう六』のチリ、こんな姿に惹かれてしまうのである。前者ラストシーン近くの洋子の表情!手塚治虫の叙情性の極みであった。後者チリ(これは『鉄腕アトム/赤いネコ』にも登場)は、作品世界にみごとに溶け込んでいた。前者よりも内容的に深い作品の中で、すばらしい躍動を見せてくれたチリである。
5 適当なおつなぎ…
『おけさのひょう六』(講談社コミックス『三つ目がとおる』第1巻所収)といえば、私が読んだ手塚短編の中では最も印象深いものの一つである。というよりこの作品、『落盤』と並んで、私選の手塚短編双璧とも言うべき一作なのである。手塚治虫は長編作家だと信じていた私は、短編作品をほとんど無視してきたので、まだベスト10を挙げるほどには読みこなしていないが、『ゼフィルス』『雨ふり小僧』(ともに『タイガーブックス1』所収 汐文社刊)、『処刑は三時に終わった』(『空気の底』シリーズ)、『イエローダスト』『カノン』、それから『ブラック・ジャック』中のいくつかのエピソードは私にかなりの感銘を与えている。――そう、『ブラック・ジャック』…。
6 『ブラック・ジャック』の正しい読み方
『ブラック・ジャック』は手塚治虫の代表的連作短編の一つだと思う。「ミユキとベン」「二度死んだ少年」「しずむ女」「めぐり会い」「二つの愛」「蟻の足」「猫と庄造と」など、私好みのエピソードも多い。もちろん、読む人によって評価はいろいろと変わってくるであろう。だから、この章では『ブラック・ジャック』のどんな点がすばらしいか、なんてことは書くつもりはない。(結果的にそうなったとしても…。)
それではいったい、何を書くというのか?
この作品は作者自身が述べているように(※ 編集者が意図したように)、いわゆる「オールスタア総出演」マンガである。第3章にも書いたけれど、手塚マンガには常連スタアが非常に多い。一癖もふた癖もある顔ばっかりが…。そればかりでなく、手塚の各作品の主役クラスまでが顔を出している点が『ブラック・ジャック』の特色の一つなのである。そこで、この章では、そうした主役クラスが、どんなエピソードにどんな形で顔を出しているかを紹介してみたいと思うのである。
まずは、ヒゲオヤジ――といきたいところだが、このお方、なにかっつうと顔を出していて、いちいち挙げていたらきりがないのでやめる。ロック、ケン一、サファイアも同様の理由でカット。
ほいでは、これより本番。
関五本松(『地球を呑む』) 第5巻第40話「にいちゃんをかえせ!」
(※ 新書判・以下も同じ。)
『地球を呑む』では大酒飲みの主人公を演じていた五本松氏。このエピソードでは怪獣のぬいぐるみ(※ 当時は「着ぐるみ」という言葉はなかったように思うのですが…)に入ってガンバッテました。
キャプテン・ケン(『キャプテンKen』) 第11巻第103話「ペンをすてろ!」
元ネタでは
キャプテン・ケンは水上ケンの息子でした。それがこのエピソードではふたりは恋人どうしなのです。
マグマ大使(『マグマ大使』) 第3巻第27話「閉ざされた三人」
天下の
マグマ大使も大地震には勝てず、大怪我してしまったのでした。ガムくんも顔を出してます。
ゴア(『マグマ大使』) 第2巻第17話「二度死んだ少年」
マグマ大使の敵役ゴアはこのエピソードでもブラック・ジャックの敵役。名誉欲に取りつかれたゲーブル博士を演じています。
大島七郎(宮本武蔵)(『ナンバー7』) 第10巻第87話「侵略者」
元ネタでは放射能にも冒されない特異体質者として造形された
七郎も、ここではウィルムス腫瘍に冒された重病人でした。
天外市朗(『奇子』) 第4巻第31話「ある教師と生徒」
『奇子』ではイヤ〜な役を演じた
市朗氏、ここでもイヤラシイ先生かと思っていたら…。
タッタとミゲーラ(『ブッダ』) 第11巻104話「空から来た子ども」
タッタとミゲーラの夫婦が、あのミグ事件(※ 今となってはこの事件のことを覚えている人のほうが少ないでしょうね…)を思い起こさせる役柄で飛来。二人が抱いている子どもはタッタの幼年期の姿。
どうも、きりがなさそうなので、あとは手を抜いてやらせていただきます。『海のトリトン』の敵役
ポセイドンは第5巻第42話「はるかなる国から」の万台教授として、やはり憎まれ役での登場。『バンパイヤ』のトッペイ、チッペイコンビは第9巻第78話「なにかが山を」で原作を想起させる役柄で登場。その他、『奇子』の奇子らしき女性、『ジャングル大帝』のレオ、『火の鳥/鳳凰編』の良弁和尚、『アイ・エル』の伊万里大作、『魔神ガロン』のピック、『0マン』のリッキー、鉄腕アトムなどが主要な役割を果たすエピソードがどこかにあります。探してみてください。さらに『火の鳥』の猿田博士はブラック・ジャックの命の恩人本間丈太郎として現れていますし、まだ単行本には入っていませんが、火の鳥そのものが出てきたエピソードもありました。
さて、今度はちょっとした珍作を二つ三つ。
第1巻に「ふたりの修二」なるエピソードがありました。この話、ある事情で男の扮装をしている少女を中心にしたものなのですが、その秘密を暴こうと暗躍するふたりのおっさんが、あの『リボンの騎士』のジュラルミン大公とナイロン卿。なんのことはない、『リボンの騎士』のもじりなのです。
第7巻の「コルシカの兄弟」は、シャム双生児の物語なのですが、この二人は『白いパイロット』の主人公大助クンが演じているもの。大助クンが実はシャム双生児(?)の片割れであることは、あの作品を読んだ人ならご存知のはず。
今度は珍作というより名作というべき「二つの愛」(第5巻第41話)について少し…。これは「医者はどこだ」(第1巻第1話)、「人間鳥」(同じく第1巻)なんかと並ぶ、スタア大挙出演の一編です。それをここに書き出してみます。まず、主役のふたり、タクやんと有馬明。前者は『ノーマン』の主人公中条タク。後者は『ナンバー7』のナンバー3。そして、このナンバー3の職業が寿司屋であることに注目。――このエピソードを描くにあたって、かつて寿司屋を演じたことのある(ただし、実際に『ナンバー7』の中で寿司を握る場面はありませんでしたが…)キャラクターを配する、この神経の細やかさ。さて、タクやんの勤めている能寿司(もちろん『ノーマン』を意識したネーミングであることは明らか)の主人がお茶の水博士、その奥様が『おはようクスコ』のクスコ。有馬明の妻がサファイア。能寿司の常連客としてアセチレン・ランプ、ハム・エッグ、ヘック・ベン、ヒゲオヤジに手塚治虫。刑事が丸首ブーン、その他の警察関係者としてクッター、ラムネとカルピス、下田警部、田鷲警部、花丸博士(山田野加賀士)。事故現場の野次馬などで大島七郎(ナンバー7、宮本武蔵)、佐々木小次郎(ナンバー5)、メルモ、ノタアリン、ジェームズ・メースン、ドジエモン、アトム。その他にもブクブック、それにヒョウタンツギの姿を見ることができますし、私が名前を知らないスタアがまだ数人いたようです。ただストーリーを追うだけでも十分面白いうえに、こんな楽しさがあるとあっては、私が手塚治虫から離れられないのも当然のことではないですか。
手塚治虫を楽しむためには、スタアたちの顔と名前、だいたいどのような役割を演じるかを知る必要に迫られるわけで、そのためには「奇想天外」に連載中の「新・手塚治虫の奇妙な世界」を読むのが手っ取り早い方法であります。(※ 石上三登志によるこの傑出した評論は『手塚治虫の奇妙な世界』と題して1977年12月に単行本化された。手塚死後に『手塚治虫の時代』と題して改訂のうえ再刊。最近、学陽堂の文庫にも入ったようです。手塚ファンであるならば是非手許に置いておきたい本です。)
あ〜あ、漸くこの章を終えられそうだ。そして、いよいよ。
あっ!!(とわざとらしい叫び声)大変なことを忘れていた。『ブラック・ジャック』に登場した、他作品の主役クラスには、次の章に登場するどろろ及び百鬼丸がいたのであった。どろろは「にいちゃんをかえせ!」「ある教師と生徒」、「魔王大尉」そして「ミユキとベン」に出演。百鬼丸は「ミユキとベン」のベン。それに「灰とダイヤモンド」の百鬼博士としてブラック・ジャックに負けないかっこよさを見せてくれた。そして、もうひとり『どろろ』中の主要人物である琵琶法師は『ブラック・ジャック』において、琵琶丸なる鍼師として準々レギュラーとしての地位を獲得しているのである。
ということで、とうとうたどりつきました。いよいよ第7章に突入です。
7 どろろろん
しかしながら、いざ『どろろ』を論じようとすると、なにかしらためらいのようなものが私の心が湧き上がる…。私は漫画『どろろ』に、動画『どろろ』に、何を見ていたのだろうか。なんとはなし、また次号へおあずけ、っていう気分になってまいりました。だが、しかし、けれどもやっぱり、書かねばならぬ何事も。…出せば出る出さねばならぬ何事も、出さぬは人の出さぬなりけり(中学3年時代、我が友人が「納税促進キャンペーン」?かなんかに応募した作品を盗用。)
ああ、ようやく調子に乗ってきたぞ!
A 出会い
前号にも同様のことを書きましたが、私が
どろろと百鬼丸の知己を得たのは、彼らが世に出てからかなりの日数を経てからのことでした。原作が「少年サンデー」に連載され始めたのが昭和42年(1967年)8月、テレビアニメ化が昭和44年4月から26回。この間、私は彼らと顔を合わせることは数度ありましたが、ついつい知らぬ顔して通り過ぎてしまいました。何故かといえば、最初の顔合わせが、百鬼丸の目ん玉ポトリ、ってところでしたので、吐き気を催してオエオエ、と純情な私は、第一印象すなわち嫌悪感、ということになってしまったのでありました。
B 再会
昭和45年(1970年)、中3になったとき、アニメーション『どろろ』が再放送(忘れもしない毎週火曜日午後6時から)になり、その第5回「無残帖の巻 前編」を全くの気まぐれに見たとき、私の受けた衝撃は、空前絶後、前代未聞、前人未踏、言語道断、五里霧中、五十歩百歩、東西南北、支離滅裂、日進月歩、金枝玉葉、樋口一葉、七転八倒、一日千秋、弱肉強食、焼肉定食、生協定食おおうまい!!以心伝心、狼虎男!!!
閑話休題!!!
何がそんなに強烈だったのでありましょうか?それは次回にて。