彷人の冒険その3

― Partnership of the “Ring”

ニュージーランド旅行編初日


 2003年1月。映画「TTT」を1日でも早く見たいという欲望に負けた私たちは、新年早々ニュージーランドに向けて飛び立った。これは、その一部始終を(頼まれもしないのに)書き記した文章である。


パートナー氏について
 いや、まさかこんなことになるなんて夢にも思ってもいなかったのである。少なくとも映画の第1部が公開されるまでは。日本でだけ異様に遅い公開時期に苛立ちこそすれ、たかが映画鑑賞のために海外まで出かけようなんて暴挙を、誰が思いつくであろうか。
 そもそも、我がパートナー氏がすっかり映画の魅力に取りつかれてしまったことが全ての始まりだった。第1部公開当時、彼女はただ「置いてきぼりにされたくない」というだけの理由で、私の映画鑑賞にくっついてきたのである。もちろん、原作は1行たりとも読んだことはなく、ファンタジーとかにさしたる興味関心も抱いていなかったのだ。上映時間が3時間もある という事前情報を知り、「たぶん途中で寝るからよろしくね」とすらのたまっていたりしたのである。そんな彼女が都合8回も劇場でこの映画を見ることになろうとは…。
 パートナー氏の野望は瞬く間に増大し、4月になったころにはすっかり「第2部・第3部を海外で鑑賞する」ことは規定路線となってしまっていた。(それもこれも、世界中のどこよりも遅い公開時期を早々と決定した日本の興行主のおかげなのである。感謝しますよ、日本ヘラルドさん(^_^;))

ホビット庄の社会認知度
 かくして、パートナー氏の計画作りはスタートした。まずは鑑賞場所の決定。これには紆余曲折があったが、私の「寒いところはイヤだ」発言を受けて、最終的に映画のロケ地があるニュージーランドを選択。 年末は航空運賃が高いので、年始早々に出発するという強行日程案をひねくり出した。こういうことになると異常な集中力を発揮する彼女は、インターネットを駆使してさまざまな情報を収集。折よく、 マタマタ(Matamata)にある例の「ホビット庄」のロケ地となった農場がツアーを開始したというニュースをキャッチし、さっそくそちらに問い合わせのメールを送ってみる。ところが、何の応答もない。 とある大手の旅行業者に問い合わせてみても、「いやあ、あそこ(マタマタ)に行っても「Welcome to Hobbiton」という看板が立っているだけで、あとはなんにもないですよ。それに交通の便も悪いですから、タクシーをチャーターすると5、6万円は費用がかかるし…。せっかくオークランドに行くなら、もっといいところがいっぱいありますよ。」などと言われてしまう始末。

交通手段の発見について
 私など、やっぱりダメなのかもと諦めかけたが、パートナー氏はその気配すらなく、せっせとネット検索を続ける。そして、今回の旅行準備中最大の収穫に行き当たるのである。それはオークランドの観光タクシー会社(観光タクシー&リムジンツアー社)のHPであった。 日本語がOKであるという点にも魅力を感じ、一縷の望みを託してメールを送ってみると、すぐに返信があった。「マタマタでそのようなツアーが行われていることは私も知らない。しかし、私のほうでコンタクトを取ってみてもよい。」とのことであった。また、料金も先の大手旅行業者の半分以下というリーズナブルなものを提示してもらえた。
 ということで、そのオーナー――15年前にニュージーランドに移住した大鹿さんとおっしゃる日本人である――にHobbitonツアーの手配をお願いすることになったのである。この時点で既に出発日まで数日を残すのみとなっていた。しかも、実際にツアーの予約確認が取れたのは出発前日であったのだから、なんとも危ない橋を渡ったものだと、今さらながら思う。(後にも具体的に記すことになるが、大鹿さんにはたいへんお世話になった。この場を借りて改めてお礼を申し上げたい。また、今後、ニュージーランド北島に旅行する予定のある方は、この方の連絡先を控えておかれることをお勧めする。力になっていただけると思う。)

待ちに待った誕生祝い
 2003年1月2日、夕刻。私たちは名古屋空港を飛び立った。オークランドまでは11時間弱の旅。1日目は機内泊ということになる。なにしろ強行日程なので、オークランドでの滞在期間は3日間しかない。目的地に到着するのは現地時間の午前8時ごろ。ちなみに、日本との時差は3時間(ただし、今はサマータイム期間中なので4時間)である。時差ぼけに苦しまずにすむというのはありがたい。
 とはいえ、飛行機の中で過ごす半日というのはどうしようもなく退屈である。荷物を極力減らすように努めたため、機内で読む本なんかも用意していなかった。そこで機内上映が始まるまでの時間を機内誌でも読んでつぶすことにした。 すると、さっそく日本語版のそれにピーター・ジャクソンのインタビュー記事が載っていることを発見し、マゾム館への収納を決断する。と、そのとき、隣の席のパートナー氏が騒ぎ始める。彼女につつかれて目を上げると、なんと、機内のテレビに紛れもない『ロード・オブ・ザ・リング』のワンシーンが映し出されているではないか。慌ててイヤホンを装着し、画面に見入る。上映されていたのはニュージーランドの観光案内ビデオであった。ただし、全編にわたって主要キャストによるコメントや映画のメイキングなどが織り交ぜられた、ファン垂涎の映像なのであった。どうやらニュージーランド航空とニューラインシネマが協力して制作したものらしかった。15分か20分の本編のあとはおなじみの「TTT」予告編が流れて終了。オール英語なので、何を言っているかはほとんど分からずじまい。それでも、とてつもなく得をした気分にさせてもらえた。幸先のいい旅の始まりである。
 機内上映が始まる。さすがに『ロード・オブ・ザ・リング』ではなかった。だらだらと鑑賞。着いた日のうちに1回目の映画鑑賞をするつもりだったので、なんとか早めに眠らねばならないと考えたのだが、とてもじゃないが熟睡なんかできない。結局、2回ほどうとうとしただけでオークランド空港に着陸。
 これでは映画を見ているうちに眠ってしまうかもしれない、などと反省しつつ、それでも窓の外を必死で見続ける。ニュージーランド航空が最近就航させた「ボディにフロドとサムをペインティングした国内線の飛行機 が存在する」という情報を摑んでいたからである。そして、その飛行機は、私の期待を裏切ることなく空港内に停まっていた。さっそくカメラに収めようとするが、こちらの飛行機がまだ動いている状態なのでなかなかうまくポイントが定まらない。なんとか2枚撮るのがやっとであった。しかし、これぐらいではあきらめないのが我がパートナー氏。飛行機から降りて入国手続きを済ませるまでの間に、さっさと写真撮影に出かけてしまった。一応現地係員が存在するツアーだったので、他の人を待たせているのではないかと気が気ではなかったのだが、待っている間にこちらもおもしろいものを発見してしまった。ニュージーランドの地図(もちろん中つ国地図風にアレンジされている)の横に「We fly all over Middle-earth. Give us a ring.」というメッセージが記された看板である。無事に写真を撮り終えてきたパートナー氏に、この看板の写真撮影を頼む私。おいおい、待ってる人たちはどうなる…などと 後ろめたい気持ちもあったが、結局、他の人たちも入国審査に手間取っていたようで、集合場所に着いたのは私たちが最初であった。ひとまず、ほっと胸をなでおろす。

 現地係員と合流し、午前のオークランド市内観光に出かける。宿泊するホテルへの途中にいくつかの観光スポットへ立ち寄るだけというあっさりしたものであった。まあ、こっちとしてはそのほうがありがたいわけだが。市内観光中も、一刻も早く映画館に行かねばと気だけは焦っていた。現地係員に映画館の位置を訪ねる。幸い、ホテルのすぐ近くである。彼女曰く、公開直後は凄い客の入りでその日のうちの予約が取れないほどの状況だったとか。いささか心配になる。最悪、3日目の予約が取れればいいという覚悟で劇場に出向く。12時ごろに到着。午後1時35分からの回の予約が取れる。ついでに3日目の朝一番の予約も取っておく。
 もちろん、パートナー氏はここでも実力を発揮。チケット売り場の女性にいきなりサインをねだってしまう。例のDVDのおまけの「中つ国パスポート」を差し出したのだが、さすがに相手は慌てていた。本物のパスポートだと思ったらしい。事情を説明すると快くサインに応じてくれ、劇場のスタンプも押してもらえた。親切にチラシまで探してくれたのだが、残念ながら既に全部なくなってしまっていた。
 映画開始までの時間に昼食を済ませ、近くの書店に足を運ぶ。目新しいものはそれほど多くない。街の中にも「指輪」が溢れているという感じではなかった。オークランドは人口100万を超えるニュージーランド最大の都市だということだが、思いのほか落ち着いたたたずまいの街だとの印象を受けた。
 さて、いよいよ今回の旅の第1目的である「The Two Towers」の鑑賞である。(具体的な内容には触れないのでご安心を。)
 場内は意外なほど空いていた。250人ぐらい入る劇場の3、4割の入り。ちょっと拍子抜けしてしまった。
 お定まりの予告やらCMやらの後、本編が始まる。意表を突く冒頭部。実にうまいと思う。「例のあの人」の復活シーンでは、前列の女性がハンカチを手にしてしきりに鼻をすすっていた。原作からのファンなのだろうと確信。分かってはいても涙腺に刺激を受けないわけにはいかない場面である。飛蔭(Shadowfax)の登場シーンもすばらしい。やはり泣いている人がいる。こういうとき、原作を知らない人はちょっとばかり損をしていると思う。まあ、隣のパートナー氏もそうなのだが、今のところ眠る気配はない。寝不足も吹っ飛ぶようなストーリー展開であることは間違いない。
 ゴクリ(Gollum)が実にいい。ほんとうに可愛いのである。葛藤シーンもみごと。ただ、見ながらふとこんなことを思ってしまったりした。「嗚呼、これが日本で公開されたら、また某映画のファンが『これって○ビーのパクリじゃん!』とか決めつけるんだろうなあ。」と。
 迫力満点の戦闘シーンが続く。圧倒的な映像に息を呑む。第1作のような「叙情的シーン」があるわけではないが、これはこれで何度でも見たくなる魅力を持っていると感じる。
 原作にはない演出の数々。時々、首を傾げたくなることもあったけれど、私はそれほどの抵抗を感じなかった。
 あっという間の3時間が終わる。余韻に浸りながら、エンディングロールに見入ろうとする…。ところが、である。いきなり観客 たちは席を立ち、あまつさえ、場内が明るくなってしまうではないか。これがニュージーランド方式なのであると納得したのは、間髪を入れず、係員が掃除道具を持ってなだれ込んできた時である。 それでも根性で最後まで居座り続けた私たちであった。

 映画館を後にした私たちは、ニュージーランドで発売されているという切手を求めて市内をうろつく。ようやく見つけた郵便局にはばら売りのものしか残っていなかった。ダウンタウン・ショッピングセンターのスタンプ・ショップにならばセットがあるかもしれない、との情報を仕入れてそちらに出向く。到着したときには午後5時半を少し回っていた。日本と違って現地の店が閉まる時間は早い。もうシャッターが下りてしまっている。しかし、今日を逃せば、もう入手する術はない。明日はマタマタへの旅行が控えているし、最終日は日曜日なのだ。 こうした店の多くは日曜日に営業しない。パートナー氏はまたもや根性を見せる。中にいる店員さんに声をかけ、強引に店内に突入したのである。そして、目的のものを入手。いつものことながら鮮やかな手際である。我がパートナー氏に万歳!!
 かくして、怒濤の1日目は終わったのである。

 すっかり書き忘れていた。この日は2003年1月3日。トールキンファンにとっては特別な日である。 そう、今日はトールキンの「111回目の誕生日」であったのだ。熱心なファンたちは、この日を祝ってイベントを催したと聞く。私たちも気持ちだけはその輪の中に加わらせてもらうことができたように思う。
 もうひとつだけ付け足しておきたい。ホテルのテレビで見た「Sky Channel」とかいう放送局のCMが、そのまんま『指輪』映画のパクリであった。なんともはや、な気分であった。

第2日につづく