2005年


2月12日 無駄話と愚痴

 2005年2月9日。
 はや17回忌である。
 この日が来る度に、時の流れの速さを感じる。
 ここ数年は特にそういう感覚が強い。
 歳をとったということか…。

 今年は、記念に――というわけでもないが――松本徽章製の「ブラック・ジャック ピンバッジコレクション」というアイテムを購入してみた。
 小さな品であるがなかなかきれいにまとまっていて、同社の発売してきた手塚関連グッズの中ではお気に入りの一つになりそうである。

 さて…。
 9回忌にあたる1997年のこの日を期してスタートしたこのウェブサイトも、いつの間にか9年目を迎えたことになる。
 手塚治虫や『指輪物語』をネタにして好き勝手なことを書き散らしてきただけではあるものの、その間にすばらしい知己を得、多くの助言や励ましを得てここまで辿り着いたといった感じである。
 それら多くの方々に心から感謝したい。
 一方で、長い間続けているうちに疑問を感じたり迷いが生じたりすることもしばしばある。
 まずは他の優れたウェブサイトの閉鎖の報に接して「こちらこそ、そろそろ潮時か」などと思ったりすることが多くなった。
 そもそも自己満足のために始めたことなので、他のサイトと比較して卑下する必要などないはずなのだが、やはり内容の薄さが気になったりするのである。
 また、この1、2年は、送られてきた奇妙なメールのせいで、何度か空虚な気分を味わわされた。
 いきなり「○○○(有名な手塚作品のタイトル)の最終話を考えました」で始まって、延々と自作のオリジナルストーリーを披露されても、こちらは反応のしようがない。
 先方が何を期待しているのか分からないからだ。
 私が興味を抱いているのは手塚治虫作品そのものであって、それに触発された二次創作にまで興味が及ぶことは滅多にないのである。
 同人誌的な楽しみ方は、それこそ同人誌かご自分のウェブサイトだけにとどめておいてもらいたいと思う。
 こんなことを書くと、「あんたがウェブサイトでやっていることもそれらの人たちのやっていることと五十歩百歩だろう」と言われそうだ。
 それはもちろん自覚している。
 だが、少なくとも読みたくない人にまで読ませようとはしていないつもりだ。(「読んだ結果つまらなかったから時間を返せ!」というお叱りには「ごめんなさい」と申し上げるしかない。悪しからず。)
 それが最低限のマナーというものであろう。
 それより何より、その手のメールの多くが大抵「はじめまして」の一言もないのはどういうことなのだろう。
 これも「手紙とメールは違う」とか反論されそうだ。
 それも承知だ。敢えて書いている。
 何も時候の挨拶を入れろと主張しているのではない。
 たとえ機能性を重視するメールであっても初対面の挨拶文ぐらいは書くべきだ。
 こういうことにこだわりを抱くようになったのも、結局、私が歳をとったということか…。
 ふう〜〜〜。
 (それにしても指示語の多い文章だな。苦笑)


2月1 7日 赤い夕日に照り映えて

 2005年11月17日。
 朝食を食べていた私の耳に、突如として、あの懐かしいテーマソングの前奏が飛び込んできた。
 「ほげほげたらたらほげたらぽん…」
 びっくりして顔を上げると、見るともなしにつけていたテレビ画面には紛れもない『どろろ』の扉絵が映し出されていた。
 何事が起きたか了解できない私の頭に、キャスターの言葉が響く。
「手塚治虫の名作『どろろ』実写映画化」

 夢を見ているのかと思った。
 それも、とびっきりの悪夢を。
 『どろろ』は、私にとって特別な作品である。(このサイトでもしつこく取り上げている。)
 私の中では、原作連載と同時期、40年近く前にテレビアニメーションとして放映されたものが映像化の最初で最後。
 それだけでよい。

 こんな否定的な思いばかりが先に立ち、このニュースを消化するのに1か月近くもかかってしまった。
 少しばかり冷静に考えられるようになった今、思うところを述べておきたい。

 昨今、漫画原作の実写映像化がやたらに目立つ。
 テレビドラマなどではかなり以前からごく当たり前に行われていたことなのだが、ここ1、2年は劇場映画化されるものも少なくない。
 それなりの知名度を持っており、ある程度の観客動員が見込めることから興行上のリスクが少ないという点が魅力なのだろう。
 制作する側がその作品の熱心な読者であったという要素もあるのかもしれない。
 もちろん、CG技術の劇的な向上なくしてこれらの映画化の実現はなかったことを忘れているわけではない。
 実現不可能だといわれればそれにチャレンジしたいと考えるのが最先端に生きる人たちの特性であるから、漫画の実写映像化というのは極めて魅力的な題材になりうるはずではある。

 いずれにしろ、次から次へと漫画原作の実写映画化が進めば、資源が枯渇してしまうのも目に見えている。
 そこで「幻の名作」の出番がやってくる。
 要は懐かし漫画(やアニメーション)を実写映画化してしまおうというものだ。
 「これならば劇場に足を運ぶ年齢層の幅も広がり、興行収入もアップ間違いなし」という目算もはたらいて、何十年も前の作品が次々と実写映画化されたというのがここ最近の動きの真相ではなかったのか。 
 それら映画化された作品の評価がおしなべて低い――中には「史上最低」というレッテルを貼られてしまったものすらある――のは、なんとも皮肉な話だ。(私はほとんど自分の目で見ていないので本当のところは分からない。『ALWAYS 三丁目の夕日』の出来だけはすばらしかったと断言できるが。)

 さて、我が『どろろ』はどうなるだろう。
 作品の知名度は数ある手塚作品の中でも決して高くはない。
 公開予定の2007年までに知名度を上げようにも、原作は地味、かつてのアニメーションは地上波での再放送不可。
 事前のプロモーションの効果が高いと思われる世代にアピールする方法をひねくりだすことができるとは思いにくいのだ。
 それ以前に、原作に忠実に映像化しようとすればそのグロさが問題になって鑑賞年齢に制限がつくのは必至。(いったいメインターゲットはどの年齢層に設定するつもりなのだろう。)
 必然的にキャスト頼りにならざるを得ないだろうが、発表された主演二人が2年後まで人気者であり続けるという保証はない。
 全く明るい材料が見つからない……。
 というか、端っから何の期待もしていない人間がいくら考えたところで無駄というものだ。

 私は既に覚悟を決めている。
 無事に映画が完成することがあったなら、必ず劇場にまで足を運び、この目で、私の愛して已まない作品を喰らい尽くした魔物の正体を見究めてやるのだ。
 と書きながら、祈るような気持ちでもいる。
 案に相違したすばらしい出来映えの作品に出会うことで、
「おまえらみんなほげたらだ!」
 と叫ばずにすむ日があることを。

 …って、ちっとも冷静になってないじゃないか。