「ペチュニアおばさん撲滅キャンペーン」顛末記

 2000年2月13日より我が家で展開された「ペチュニアおばさん撲滅キャンペーン」。
 今は亡き「欠陥・余言者新聞」に好評連載(~_~;)したものを、再構成のうえこちらに収めることにしました。
 おバカな文章をリアルタイムでお読みいただいた方々、あまつさえ激励のメールまでお送りいただいた方々に改めて深く感謝したいと思います。


 『ハリー・ポッターと賢者の石』を読み始めたはいいが、わずか数ページ読み進んだところで熟睡してしまった我がパートナー氏。その情けない姿を目の当たりにしてしまったことが全ての発端だった。
 そもそも彼女は、ファンタジー文学など生まれてこのかた読んだことがないという、ガチガチの「マグル」であった。そう、まさにペチュニアおばさんそのものだったのだ。
 彼女をなんとしても救わねばならない。ファンタジー文学のおもしろさを伝えねばならない。そう考えた私が、「友の会」のサイトにあった読み聞かせ日記をヒントにしてひねくりだしたのが、今回のキャンペーンだった。
 その顛末を、翌日に記した日記の形式で書き綴ったのが以下の文章である。

2000年2月14日
 さて、我が家の「ペチュニアおばさん」である。
 私は一計を案じ、昨夜から実行に移している。
 それは、なんと……寝る前の「読み聞かせ」なのだ。
 1日1章ずつ、3週間で完了の予定。私としては、途中から彼女自らが率先して読み始めてくれることを期待しているのだ。果たしてこの作戦、うまくいくのだろうか?

 ――肝腎の1日目、彼女はハグリッドがバイクに乗って現れるあたりで、しっかり眠っていた…(-_-;)

2000年2月15日
 第2日。
 昨夜は、第2章を読み聞かせする。彼女、まだダドリー・ダーズリーとバーノン・ダーズリーの区別がつかない模様。
 やはり途中で眠気に襲われたらしく――後で確認したところ――動物園でいきなり消えたのは「ヘビ」そのものであると信じて疑っていない。違うんだけどなぁ…。 

2000年2月16日
 第3日。
 第3章を読み聞かせしようとしたところ、「ペチュニアおばさん」のほうから、今までのおさらいをしてみよう、とか言い出した!
 いわく、
「せっかく聞かせてもらうんだから、筋がしっかり分かんないとつまらないでしょ?」
 だそうだ。
 さて、実際に読んでみる。眠った様子はない。それどころか、バーノンおじさんやダドリーの行動に笑うようになってきた。
 読み終わって、尋ねてみた。
「どう、次が気になるだろ?」
「そうね。」
「じゃ、自分で読んでみるかい?」
「ううん、読んでもらうほうが楽だもん。」
 ……ま、全部読み聞かせすることになったとしても、私は構わないんだけどね。ただ、こういう連載が「全世界に発信されている」事実に気づいたら、彼女、なんて言うんだろ?

2000年2月17日
 第4日。
 予定通り第4章を読み聞かせ。……しかし、また様子がおかしい。
 読み終えて確認してみると、案の定、ほとんど筋を覚えていない。やはりうとうとしていたようだ。ハグリッドの長広舌に飽きてしまったのが原因らしい。恐るべし、「ペチュニアおばさん」!

 だが、今日もちょっとした変化があった。
 私より早く帰宅していた彼女、私が帰ってくるなり一言。
「今夜に備えて復習しておいたからね。」
 第4章を全部読み返したというのだ。これは、ある意味で奇蹟である。彼女が20ページも!小説を読んで眠らなかったなんて!
 それでも、
「第5章もちょっとは読んでみた?」
 と、私が探りを入れてみた途端、
「それじゃ今日の楽しみがなくなるでしょ!」
 とかホザクあたり、しぶといとしか言いようがない。
 さて。第5章は今まででいちばん長い。今夜は爆睡か?

2000年2月18日
 第5日。

 怒!怒!怒!(by『火の鳥 鳳凰編』 我王…分からない方、ごめんなさいm(__)m)

 「ペチュニアおばさん」、私は40分も朗読し続けたのだ。あんたが眠ってるなんてみじんも思わなかった。信じられない!私はひたすら読み続けたのだ。声色も変えた。襲いかかる眠気にも打ち克ち、必死で読んだのだ!私だからできたのだよ。嗚呼、これ以上私に望みたもうな。ほうっておいてくれ。どうでもいいのだ。私は呆れ果てたのだ。笑うしかない…。(太宰ファンの方、すんませんm(__)m)

 もう、あきまへん。彼女、昨夜の内容、何一つ覚えてなかった!第5章は重要人物が何人も初登場するところだというのに。
 さすがの私も呆然自失となっている今、当の「ペチュニアおばさん」は必死で第5章の復習中――早い話、自分で読んでるわけです(~_~;)。
 ――ということは、まだ脈はあるということか?
 とりあえず、もう一晩だけでも読んでみることにしよう。 

2000年2月19日
 第6日。
 なんだか雲行きが怪しい。
 私の当初計画とは異なった方向に事態が進行している…。

 昨夜は当然、第6章を読んだ。これもかなり長い章である。「ペチュニアおばさん」が早々に眠ってしまったのはいうまでもない。読み始めてすぐ彼女が寝入っているのに気がついたが、やけくそで最後まで読み通した。襲いかかる徒労感。
 しかし、彼女、今日も「復習」をしているのである。第6章を読み終え、登場人物たちの人間関係も彼女なりに整理しているようなのだ。ハーマイオニーをマホガニーに変身させたり、スキャバーズをチャッピーに改名させてしまったりするのは彼女の特技である。『もののけ姫』を観たときにアシタカをマツタケに変えてしまったのに比べれば可愛いものだと思っておくことにしよう。

 なんであれだけあっさりと眠れるのだろうか?「ペチュニアおばさん」ではなく、「スキャバーズ」と名づけるべきだったのかもしれない。
 ただ、「あなたの声を聞いてると眠くなってしかたがない」とかなんとか責任転嫁をしつつ、飽くまでも「復習」にこだわり、決して先まで読もうとしないところなど、やはり「ペチュニアおばさん」だわな(-_-;)
 結局、今夜もキャンペーンを続行するはめになりそうだ。

2000年2月20日
 第7日。
 私自身が発熱。しかし、意地で読んだ。
 「ペチュニアおばさん」、昨夜はほとんど眠らなかったようだ。
 読後に「今日のお話は『組分け』だけだったもんね!」とかいう感想を漏らしていた。しかし、ほんとうのところどこまで理解しているのかは、かなり怪しいと見なければなるまい。なにしろ、
「登場人物の名前がややこしくて分からん!」
 などと不満たらたらなのだ。

 気がついたら190ページ以上を読み終えていた。残り半分強。私と「ペチュニアおばさん」、いったい、どちらが楽しんでいるのか?

2000年2月21日
 第8日。
 ハリー・ポッターの奇蹟が我が家にもちょっぴりやってきたのか?
 「ペチュニアおばさん」は、昨日の午前中、こんな提案をしてきたのだ。
「夜になるとどうしても眠くなるから、今日は昼間に読み聞かせしてくれない?」
 断る理由はない。請われるままに第8章を読んだ。彼女、眠らずに最後まで耳を傾けていた。いい調子だ。

 夜、体調がまだ十分でない私は、早めに寝ることにする。しかし、全く眠くはない。こうなったら第9章を読むしかない。彼女は特に抗議する風もなく、聴いている様子。そして、読み通しても眼は開いていた!
 読み終えると、ひとひこと、
「ハリーってすごいんだね。」
 という言葉を残し、彼女は眠りに落ちた。ハリーの何がすごかったのかは聞き損ねた。
 だが、それでもいい。私はこの日のために生きていたのかもしれない…(をいをいをい!なに浸ってるんだ?)

2000年2月22日
 第9日。
 第10章。物語がいよいよ佳境に入るあたりだ。
 期待通り、「ペチュニアおばさん」はしっかりと目を開けていた。
 そればかりか、彼女の口から、ついに、
「おもしろい!」
 のひとことがっ!
 嗚呼、胸に迫る万感の思い。朗読260ページ目にしてやってきた至福の瞬間であった。

 かくして、「キャンペーン」は終了を迎えるはずだった。が――。
 やはり、私は甘かったのである。

 彼女、眠る間際に、こう言ったのだ。
「こんな楽な方法があるんだったら、自分で苦労して読む必要ないね。」
 私は、ひょっとして、とんでもない人間をこの世に送り出そうとしているのではないだろうか?

2000年2月24日
 第10日。
 昨日は諸般の事情により「読み聞かせ」も更新もできなかった。したがって、一昨日の夜の進行状況を記す。
 第11章。「ペチュニアおばさん」をほぼ脱したと言ってよい彼女は、クィディッチの試合の様子に聞き入っていた。読み聞かせ終了後には、この作品の映画化に関する話題にもいたく興味を示し、
「ぜひとも観にいきたい」
 とのこと。彼女にも完全にハリーの魔法がかかったようだ。
 「金のスニッチがハリーの口から出た」理由がなかなか分からなかったのは、単に彼女の理解力が不足していたためであると解釈したい。また、我がハーマイオニーがマホニーちゃんに強制改名されてしまったのも予定調和のひとつである。(嗚呼、アシタカはマツタケ、ヤックルはヤックン、オッコトヌシはヒョットコヌシ…。)

2000年2月25日
 第11日。
 また逆戻りだ。
 賢明な方には、次の一文で全てがお分かりいただけるに違いない。

 「ペチュニアおばさん」よ、あんたが「みぞの鏡」の前に立ったなら、鏡の中のあんたはきっと永遠に眠り続けていることだろう!

2000年2月26日
 第12日。
 昨夜は、さすがの「ペチュニアおばさん」も眠ろうはずがない章の読み聞かせだった。(ま、これから先の章で眠っちまうようだったら、今度こそ「スキャバーズ」に改名だ!)
 彼女も興味津々、耳をそばだてつつ聞き入っていた。要するに、彼女、主人公たちがノンストップ活劇を演じているときは眠くならないんだよな。ふっ、単純な奴だぜ。
 道のりもあとわずか。こちらも、今さら「残る4章を自力で読んでみたら」だなんて言う気もさらさらない。あとは、読み聞かせ完了後に彼女がどんな感想を漏らすかに期待を込めつつ、なりきり朗読に励むとしよう。
 ちなみに、私はスネイプの口調で読んでいるときがいちばん楽しい。なんでだろう?

2000年2月27日
 第13日。
 ……めでたく「スキャバーズ」誕生。いうべきことは他にはない。今日中に奴が「復習」しないようだったら、このキャンペーン、中断したろか、ほんまに。

 それにしても、奴の略語・改名癖はなんとかならんのか?先にも書いたとおり、ハーマイオニーは「マホニーちゃん」になっちまってるし、マルフォイは「マルちゃん」で、マクゴナガル先生は「マクゴちゃん」だと。ハリーはなぜか「ポタちゃん」だ。いくらなんでもそりゃないだろ?
 スネイプ先生とハグリッドだけは改名されていないのが不思議なくらい。で、名前すら覚えてもらえないクィレル先生の哀れさに落涙しちまいそうだよ、こっちは。ま、「あ、あのターバン巻いた先生ね」と言ってもらえるだけましなのかもしれんが。

2000年2月28日
 第14日。
 「スキャバーズ」の奴、昨夜は眠らなかった。しかし、読み聞かせ途中に発した奴のひとことに、私は切れそうになってしまった。いわく、
「えーと、ヴォルデモートって誰だったっけ?」
 勝手にサラセン帝国!(ひゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!)

追記
 つい先ほど、もっと恐ろしい事実が判明してしまった……。
 奴は「ケンタウルスは草食恐竜の一種だ」と思い込んでいたのだった!
 みごとだ。みごと過ぎる…ナハハハ。

2000年2月29日
 第15日。

 「ドキドキしてきたから、今日はもうここまでで読むのはやめて!」
 奴の懇願により、昨夜は16章の前半――ハリーたちが例の部屋に踏み込むところで読み聞かせは中断となった。
 普通ならば次が気になってしかたがないはずなのだが、奴の思考回路は少しばかり異なっているようだ。16章の最後の1文を読み聞かせたときの奴の反応が今から楽しみである。フフフ…。

2000年3月1日
 第16日。

 16章の末尾――衝撃の「あの」シーン!
 我が「スキャバーズ」は、期待を裏切ることなく眠っていた。
 そして、今や恒例となった「復習」にいそしむ奴……。
 ある意味、絵になる姿であった。付け加えるならば、ついに17章を読もうとしなかった奴の意志の強さに敬服すらしたのだ。

2000年3月2日
 第17日。
 17章の前半、急展開のクライマックス部分を聞き終えた奴。
 第1感想は
「よかったね!」
 であった。――そりゃ、そうに決まってる。
 いよいよ今夜でキャンペーン終了だ。明日、改めて奴の感想を聞いてみたいと思っている。

 そうそう、奴のお気に入りはネビルだそうだ。なるほど、納得である。

2000年3月3日
 第18日。
 ついに昨夜でキャンペーンも最終日。

 17章後半、保健室での会話から始まる、もうひとつのクライマックス。――これまで、活劇以外の場面ではほとんど眠っていたと思われる「スキャバーズ」にも、さすがに大いなる感銘を与えたようだ。
 ダンブルドリア――彼女はしっかり、このように改名してしまった(~_~;)――の言葉に感嘆し、さらには、例の「成績発表」の場面の最後、あの人物の行為が評価されたことに関して、作者を賞賛してやまなかった。この作品が、単におもしろいだけの物語ではないことを体感したようなのである。

 全部の読み聞かせが終わった後の、
「すごくおもしろかった。」
 という彼女のひとことが、心地よく私の胸に響く。彼女が「スキャバーズ」である事実に変わりはないが、この世に実在した「ペチュニアおばさん」のひとりは確実に滅ぼすことができたのだ。
 続いて発せられた次の言葉すら、私には福音に他ならない。
「第2巻の読み聞かせもよろしくね。」
 もちろん、OKだとも!
 耳の穴をかっぽじって、9月まで待ってなさい!!