2004年9月10日 |
RRRRRRRR…
平穏な時を切り裂くように、俺の携帯が鳴った。
「今夜22時半に例の場所へ来てくれ」
「ブツは確かに持ってくるんだろうな」
「大丈夫だ、約束する…」
怪しい男が乗った車が2台、暗い雑木林で擦り寄るように停車する。
紙袋と四角いケースに入った商品を無事に取引し、俺は安堵の溜息を漏らした。
真夏にもかかわらずトレンチコートの襟を立て、煙草に火をつける隣の男。
彼は仲間内で通称「もん」と呼ばれている。が、本名や経歴は誰も知らない。
ただひとつ俺が知っているのは、彼が週末の深夜にここを訪れる、その理由だけだ。
男は煙草を足元に落とし、白く光るエナメル靴でもみ消した。
これは、彼が次の行動に移るときのサインでもある。
ジュラルミンのハードケースからライトを取り出し、雑木林の奥を照らす。
彼が無言のまま顎をしゃくって示す方向へ、俺は黙ってついていくしかなかった。
案内された場所は、堅気の人間が入るところではない。
(なかなか眼力のある野郎だぜ・・・)
俺は心の中で呟いた。
次の瞬間、眼前に差し出されたブツを見て、俺は唸った。
「53ミリか…、このシマじゃ上物だ。いつここに目を付けた?」
男は、質問に答える代わりにレイバンのグラスのフレームにそっと触れると、
片方だけ口元を歪めて微笑みながら、数m先の闇を顎で示した。
思わず俺は駆け寄ってみた。
そこもまさしく絶好の「ブツの隠し場所」であった。
手でシークレットポイントを探ると、指先には予想どおり白い粉…ではなく黒い宝石が絡み付いてきた。
「43ミリか…、なかなか活きのいいのが隠れているな」
男は白いエナメル靴にこびりついた腐葉土を払うと、二本目の煙草に火をつけた。
もう口元は緩んでいなかった。
一瞬、時がゆっくりと流れた。
「いつまでこの仕事を続けるつもりだ?」
俺は尋ねてみた。もちろん、答えなど期待せずに。
男は右手を顔の高さに上げ、徐に小指を立てた。
サングラスの奥の視線は、その小指に注がれている。
それは、この道を極めようとする男の決意を雄弁に物語っていた。
雑木林を一陣の秋風が吹きぬけた。
男は3本目の煙草に火を付けると、コートの襟を立てながら踵を返した。
その後姿をひとしきり見送ると、彼との再会シーンを頭に描きながら、俺も反対の方向へ歩み始めた。