昭和58年だったと思います。美濃市文化会館の春季芸能大会に、市内伝統文化の披露ということで紙漉き唄の伝承者に出演してもらいました。音楽劇“紙すきのうた”で歌われる曲もこの紙漉き唄をモチーフにしています。出演当時のようすが2トラック3・3/4"/sのオープンテープで保存してありましたので、こっそりダビングして披露したいと思います。
内木 みなさん、美濃の誇る伝統芸能、紙漉き唄をこれからご紹介したいと思います。紙漉き唄はすっかり今は絶えてしまいまして、わずかにここにおいでの後藤さん一人きり(だけ)がこの唄を歌えるわけでございます。いろいろ後藤さんに昔の話やなんか聞いてみたいと思います。後藤さん、ご苦労さまでございます。
後藤 ……
内 おいくつでございますか。
後 83歳でございます。
内 83歳におなりだそうでございます。
(拍手)
内 紙をいつごろまで漉いておられました?
後 さぁ今からちょうど15年位前まで漉きました。
内 一番えらい(つらい)仕事っていうと何でしょう。
後 えらい仕事てっても、みんな今は楽になったけどなも、昔はわしんたぁ漉く時分(頃)は朝5時頃から起きてなも、晩の9時頃までやって、そんでやっとこさ食えかねた(笑)。
内 紙漉くのは実際女の人が多かったわけですか。
後 そうじゃなも昔は女の人が多かったわけなんですなも。ま、そりゃ女じゃなけな漉けんてわけじゃなかったで、そんで男でも漉くようになったわけでな。
内 紙漉き唄てのは、なかなか紙漉きながら紙漉き唄は歌えんなも。
後 ええ、あれは紙漉く時には、今の人は煙草くわえちょっても紙漉かっせるけど、わしんたぁ漉く時分には紙屋へ入る時には体中払ってもらってなも、そいで慎重ななり(姿勢)で紙を漉いたもんじゃ。今の人は煙草くわえちょって紙を漉かっせるけど…。朝は7時頃起きて昼からはよ(もう)4時頃おいて(やめて)、そやけどわしんたぁの時分には朝5時くらいには起きてそれから晩の9時くらいやって、ようよう麦飯が食べれるか食べれんかくらいのことで(笑)。
内 とても唄歌いながら紙漉くわけには…
後 漉くわけにはいかなんだでなも。一だて一だてていう時に、ねべしと混ぜる時に、まぁ、歌った唄なんじゃな。
内 紙の原料を舟(浴槽ほどの大きさの桶)に入れてかき混ぜる時、そういうような時に歌えた、といいなさるです。それから紙打つ時…
後 打つ時はなも、朝早うから打っとったんじゃなも、そんで、一たて漉くうちに一たてぐらいしか打てなんだ。
内 紙打ちでは歌えたかな。
後 紙打ちではそう歌えんなも。
内 紙をたてる時に…
後 たてる時に歌えた。たてる時はこうやって、歌えたけどなも、打つときでも歌えん。そんで、1時間の余(以上)かかるでなも、一たて漉くに。そのうちにやっとこさこうやって手で打つんじゃなも。今は機械で打つで、ビーターでこなして(細かくして)くでなも、楽なもんじゃけどなも。
内 後藤さんは蕨生~地区の名~きっての声のいいかたでねぇ、昔からどれほど歌いなさったかわからん。紙漉き唄の名人なんですが、なかなか年とっても艶のあるとてもいい声を持ってみえる。歌わした唄、どんなようなのがある。
後 どんな唄って、まぁ今、年がよって声が出んで歌えんけども。
内 文句をひとつふたつ。
後 文句をひとつかふたつ。間違えると悪いで…。
内 ことばだけ
後 ことばだけ…。
わしが紙漉きゃ紙屋の向こうへ、雪が降るよにちらちらと
終いだてをば今たてこんだ、もちと待ちゃんせ出て会うに
連子小窓にござれと書いて、待って楽しむ夜の長さ
こんなところで紙漉くよりも、もちと下へ出て茶屋女
内 今、後藤さんから歌詞を紹介していただきましたが、この唄に出てきます紙屋というのは紙漉き農家の左手のほうに紙を漉く一角があるんですね、それを紙屋といいます。だから〝私が紙を漉いていると紙屋の向こうにチラ、チラと雪の降るように若い衆が覗く〟っていうことです。娘さんが紙漉いとるところを若い衆が覗くっていうことです。
内 2番目の唄は〝終いだてをば今たてこんだ〟っていうのは最後の紙漉き、もう1舟、原料を仕込んだっていうことです。この原料を仕込んで漉いてしまうと暇があるで出て会うに、男衆に待っていてくださいっていうことですね。
内 そいから3番、連子小窓というのは紙を漉く紙屋の表に面したところは連子窓なんですね、連子というのは縦に板がずっと入っておる隙間のある小窓、連子小窓といいます。それにござれ~来てくださいと書いて待って楽しむ夜の長さ。いずれも紙を漉く娘さんたちが若い衆が来てくれるのを楽しみに、若い衆と会うのを楽しみに歌った唄ですね。やはり女の人が最初は歌ったことが多かったかもしれませんね。
内 じゃぁ、そういう唄の意味も考えながらこれから後藤さんに歌っていただきますので、みなさん、このすばらしい後藤さんの紙漉き唄を聞いてください。美濃の誇り、紙漉き唄、うずもれた民謡、今にもなくなろうとしている紙漉き唄。今日を機会にできたらこの紙漉き唄を美濃市の皆さんに憶えていただきたいと思うのです。ええかな、後藤さん。
(拍手)
後 まぁこんなもんじゃなも。
内 どうもありがとうございました。何ぞ歌いんさらんかな、もう一つついでに(笑)。後藤さんはまた、蕨生の地搗き音頭の名手なんですけども、今もう一つやってくんせえてったら、鉢巻でもしてちゃんとせな歌えんていいなさる。
後 そんなら一つ歌う。
内 おまけでございます。
(拍手)
後 ご無礼します。
内 どうもありがとうございました。
(拍手)