ジョアン・ジルベルトについて

ジョアン・ジルベルトのCD 「JOAO」 を聞いて・・・・・「JOAO」・PHILIPS PHCA−41

ジョアン・ジルベルトは天才だ。今回もこのアルバム聞いてそう思った。クラシック、フランスの作曲家で言えばまさにモーリス・ラヴェルその人を連想させるものがある。なぜかというと、相当変人らしい。「狂気の天才」「奇癖の持ち主」などと呼ばれている。例えばこうだ!出かける前に二本のスラックスを選ぶのに3時間かかった。理由は、「着ないで置いた方のスラックスが悲しむからだ」とのこと。(ジャケットの解説より)

それから音楽が精緻だと思う。かなり練られている。計算と言うのではないが十分にイメージを形にしてから納得の行くまで削ぎ落としてシンプルにしていると思う。
そんなところがラヴェルを思わせた・・・・

本当はそんなことよりも、音楽と言葉の関係だ。実はもうずいぶん前からこの人の音楽には接している。とはいえホームページでボサノヴァのページ作るようになってからまた聞き出しているからブランクはある。
もともと自分も外国語の歌ばかり演奏会で歌っていますが、聞く側に立ったとき日本人には普通理解が難しい外国語の歌を聴くのはなぜか?
という私そして一般の音楽愛好家にとっての疑問に対してこのCDは、いやジョアン・ジルベルトは答えてくれると思います。

聞いてください!としか言えない!ポルトガル語、いや言葉がこれほど美しい響きを持つ瞬間があるでしょうか?言葉の意味?そんなものどーでもいーじゃないですか?!聞き終わってから歌詞カードでも開けばいいじゃないですか?どーして意味、意味って問いかけるのでしょうか?
言葉の意味は大事です。詩としても大事なことです。しかしさらに、その上、いやまったく違う次元に音学の神秘が眠っていますよ!例えばボサノヴァが生まれることが出来たのは、ポルトガル語がまずあったからこそ必然的に生まれた、と言えるのではないでしょうか?と、思わされるほどジョアン・ジルベルトの音楽、演奏、歌は言葉なしには成立しないのではと思うのです。
さあ、このCDにも小野リサの「ボッサ・カリオカ」に入っていた”Palpite infeliz”が入ってます。絶品です!!!!
出だしの"Eu sambo mesmo"から、もうぐぐぐぐ〜〜〜っとジョアン・ジルベルトの世界に引きずり込まれますこと間違いなし
です!ただ、ジョアンのギターだけでなくオーケストラ伴奏が入っています。気にはなりませんが私はない方がやはりイイ。
さあ、今度は何買おうかな!ジョアンのCD・・・・

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