羽田政権の課題
「小沢対反小沢」政治決別を

東京新聞: 1994年(平成6年)4月26日(火曜日)

白鳥 令
(東海大教授)

 新生党党首羽田孜氏を総理とする新政権が誕生した。羽田新政権は、それが細川内閣と同じ連立の枠組み上に成立しているだけに、羽田氏が細川内閣の副総理であったこと、閣僚の入れ替えが最小限であること等を考慮すると細川連立政権の延長だと考えられ、細川内閣の崩壊をどう見るかによって、期待の内容が違ってくるといえよう。
 もし細川内閣が首相の個人的な金銭スキャンダルによって突発的に崩壊したというのであれば、細川内閣を支えていた連立の枠組みを維持し、その同じ枠組みの上に新しい総理大臣を擁立して、細川連立政権の継続を企図するすることに意味があるといってよい。
 だが、細川内閣が、「自民党長期一党支配の終焉」と「政治改革=小選挙区制の導入」という連立内閣成立の際の政治課題を曲がりなりにも達成し、政治目標を喪失したが故に求心力を失い、内部対立が表面化し、政策的にも理念的にも行き詰まって崩壊したのであれば、新政権が細川内閣と同じ連立の枠組みを維持し、連立内閣を継続していくことにはほとんど意味がなくなってしまう。それは、政治権力をもって何を実現するかの目標もなく単に権力の保持だけを目指す内閣となり、腐敗した内閣以上に堕落した内閣となろう。
 さきがけの武村代表と新生党の小沢代表幹事という政治手法も目指すところも全く違う二人が、共に政策上の合意を内閣構成の前提としたのは、このような権力維持だけのための野合を避けるためであった。
羽田新首相の誠実新鮮な、かざらない人柄には好感が持てるけれども、残念ながら、公表された与党各党の政策合意を読む限り、そこには連立諸党の新たな結束を生み出すような政策目標も理念も見出すことは出来ない。政策合意は、「新たな連立政権の樹立にあたっては、昨年7月29日の合意事項及び8党派覚書を継承し」で始まっており、これだけで、さきがけが閣外に離脱した新しい状況の持つ意味を十分に認識していないことが理解される。もし新政権が新たな存在理由と政策目標とを示すことが出来ないとすれば、細川内閣同様に8カ月と短命であった片山連立内閣の枠組みを継承し、昭和23年3月から10月まで7カ月しか続かなかった芦田連立内閣と同じく、それは1年以内の短命政権となるであろう。
 現在日本の直面する最大の課題は、老齢化社会に向けての財源対策と分裂国家のまだ残るアジアにどのような安全保障の枠組みをつくるかの二つの問題である。この内、老齢化社会に向けての財源対策に関しては、「現行消費税の改廃を含め、間接税の税率引き上げを中心とした税制の抜本的改革」を本年中に立法化すると政策合意は述べている。だが、細川内閣内部の亀裂が決定的になったのは国民福祉税構想が公表されたときであり、税制の「抜本的改革」を「本年中に」行うというのであれば、年末まで残り8カ月しかない現在、抜本改革の骨格が国民に知らされていなければならない筈だ。また、その詳細部分に関し連立与党各党に合意がなければならない。消費税を継続するか、廃止して新税とするかが問題なのに、現行消費税の「改廃」を含め「6月中に結論を得て」というのでは、政権としてなさけない。
 朝鮮民主主義人民共和国の核兵器開発疑惑を含めたアジアの安全保障問題に関しては、「国連の方針が決定された場合には、これに従う」と合意は述べている。だが、朝鮮半島においては、北朝鮮が国連の枠の外にあって、アメリカしか相手にしようとしないことが問題解決を困難にしている現実に目を向けていない。また、この表現では、国連が北朝鮮の制裁を決議したとき、わが国がどう対応するかの具体策にまで踏み込んでいない。
 現在の政治状況を不活発にしているのは、自民党を分裂させ自民党の安定政権を崩壊させた新生党の小沢氏だけが、そうしなければ日本の政治における自己の将来の地位が保障されないが故に、反自民の連立政権の樹立、小選挙区制の導入、二大政党制の実現、憲法の改正へと、使命感にかられて必死の努力を行っているのに対し、他の政治家たちにはそのような使命感が何もなく、小沢氏の強圧的態度は気にくわないけれども権力の一翼には加わりたいといった場当たり的な対応しかしていない点にある。
 このために、政治が小沢対反小沢の内容のない権力闘争に終始し、政治の質の改善が見られない。必要なのは、経済大国日本と現在の豊かな生活をつくりあげた自民党政治を変えなければならないとしたら、何を評価し何を変えなければならないかを見極めることである。