総選挙は歴史の転換を示したか

行き詰まった既成政党体制

非自民連立公算小さい

日本経済新聞夕刊: 1993年(平成5年)7月19日(月曜日)

白鳥 令
(東海大学教授)

 自民党の「一党支配の終焉」と「政治改革」とをスローガンとして行われた今回の選挙結果は、本当に日本の政治の歴史的転換点を示したのだろうか。

始まりは権力闘争

 選挙を客観的に分析すれば、二つの側面があったといえよう。まず第一に、旧自民党内の権力闘争、もっと単純化していえば旧田中=竹下派の分裂に伴う権力闘争の側面があった。
 今回の解散=総選挙の発端は、政治改革をめぐる宮沢内閣の態度を不満とする野党側の不信任案に旧自民党羽田派が賛成投票をしたことにあるのだが、政策的な側面を見ると、選挙制度の扱いをめぐる点以外に、新生党の羽田党首と自民党の首脳部の間に路線の相違などまったく見えてこない。衆議院の解散総選挙へと政治を追い込んで行ったのは、金丸副総裁の政界引退後完全に二つに割れた旧竹下派の小淵派と羽田派との間の保守政治の将来をめぐる主導権争いであった。その意味では、今回の選挙は、政治改革という表面上の魅力的スローガンとは裏腹に、旧竹下派内における小淵・橋本・梶山グループ対羽田・小沢グループの権力闘争に、日本の政治全体が巻き込まれた結果だということになってしまう。
 「政治家とは私的な動機を公的な目標に置き換える技術を持った人達だ」と書いたのはアメリカの著名な現代の政治学者だが、こうして派閥内の権力闘争から始まった総選挙も、「自民党一党支配の終焉」という公的な目標を掲げて闘っている間に、もうひとつ別の側面を見せるようになる。いわゆる新政党の躍進はこうしてもたらされたものである。
 自民・社会・公明・民社・共産という既成政党の体制が行き詰まっていたことは確かである。自民党は高度成長時代が終わった現在、経済成長にかわる政策的柱を見いだすことができず、また、共産圏の崩壊した今では、国民の反共感情に訴えることもできない。社会党は、かっての社会主義にかわる新しいイデオロギーを見いだすことができない。有権者が自由な選択を始めた現在、自民党はもはや業界のしめつけによる票の獲得に頼ることはできないし、社会党も労組の組織をあてにはできない。すべての既成政党は、政策面でも組織面でも行き詰まっている。
 有権者の側も、今までのようにひとつの政党をその政策とセットで恒常的に支持できるほど単純な状況にはない。自分では車を運転しながら、炭酸ガスによる温暖化現象など世界的環境問題には大きな関心を示している。老齢化社会を迎えて、年金や福祉の充実を求めながら、経済状況のおもわしくない現状では、いかなる増税にも反対する。こうなれば、有権者は、その時に自分がもっとも関心をもつ政策課題を選んで投票することになる。
 今回このような政策課題の中心となったのは、地方分権、腐敗防止等と共に自民一党支配の終焉であった。このスローガンは、単に自民党政権を終わらせるというのではなく、むしろ自民党一党支配を可能としていた既成政党をも含めた政治状況の終わりとして、有権者には受けとめられた。ゼロから35議席へと躍進した日本新党はその恩恵を受けた政党の筆頭だが、新生党、「さきがけ」も新しい状況をつくる政党として評価を得て議席を大きく伸ばした。
 自民党が1議席増の善戦をした理由は、状況への対応の上手さにあったといえよう。自民党は自民対非自民という選挙の構図を崩すために、社会党が他の保守系新党や公明・民社と連立政権を本当に組めるかという問題を提起した。社会党は、憲法問題やPKO問題で他の政党と意見を異にするだけでなく、選挙制度の問題で、新生党は小選挙区制、社会党は比例代表制と基本的に態度が違っている。この非自民政権「野合」論で、自民党は非自民党政権構想をほぼ完全に崩壊させただけでなく、自民党の主張への信頼感を取り戻すきっかけをつかみ、選挙戦で守りから攻めの姿勢へと転ずることができたのであった。

社党に対応のまずさ

 社会党が惨敗したのは、社会主義にかわる基本理念が欠けていることもさることながら、それ以上に、状況に対する判断と対応のまずさに、その原因があったといえよう。前回、前例のないほど多数の議席を獲得したのだから、よほどの勝利の見込みがない限りその議席の維持を考えるべきなのに、公明党に追い立てられるように国会閉会の3日も前に内閣不信任案を提出し、選挙になるとみずからが野党の第1党なのに羽田首班の連立政権に賛成し、その際には自民党の政策を継承するとまで宣言してしまった。野党第1党の責任は、何よりも、現在の政府の政策にかわる別の政策上の選択肢、現在の政治のありかたと別の政治のあり方を提示することである筈なのに、この野党第1党の義務を放棄してしまったのである。これでは、敗北しても仕方がない。
 社会党については、連合の山岸会長の行動も、敗北の大きな要因だったといえよう。長引く経済不況の中で、企業で終身雇用制度が崩れ、合理化との名目で失業が確実に増えている中で、労働組合の代表が選挙制度論議にうつつを抜かし、連日経済界の代表と行動を共にしている状況と、それを容認している社会党の幹部の態度が、多くの組合員に組合そのものと社会党への信頼感を失なわせ、社会党の支持率を減らしてきていたからである。
 こうして、「自民善戦、社会惨敗、新政党大躍進」という選挙結果、「1強6弱」という多党化の新しい政治構造を見て、今後どのような政権と政治状況が可能といえるであろうか。もっとも可能性の大きい政権のかたちは自民単独少数政権である。自民党の総裁が交替となれば、このグループが自民党と連立を組む可能性がない訳ではない。いわゆる非自民の連立政権の確率は、非常に小さい。非自民の連立政権をつくるとすれば、選挙制度改革の達成がその主要任務となるが、選挙制度で社会党と新生党とが合意するのは非常に困難である。もし合意を強行すると、今度は社会党が分裂してしまう。それに、現在の多党化傾向の政治の流れの中では、小選挙区制の導入にはあまり意味がない。

不安定期、長期化も

 もし自民党が少数単独政権を構成するとなると、自民党は腐敗防止法をできるだけ早く成立させ、大型の来年度予算大綱を編成して、その段階で、政治の安定を訴え、本年12月にもまた総選挙ということになろう。もし、そこで総選挙が実行できなくても、来年の参議院選挙の時にダブル選挙を考えることになる。これら一連の選挙で自民党が過半数を回復できないか、あるいは自民党を中心とする安定的な連立政権を実現できないとなると、日本の政治はかなり長期的に不安定期を迎えることになる。議院内閣制のもとで、離党もしないで自党の総裁総理の不信任案に賛成するというような異常な行動から、安定的な健全な政党政治をつくろうというのが、初めから無理だったのである。