細川連立政権の問題点

朝日新聞朝刊: 1993年(平成5年)11月24日(水曜日)

白鳥 令

 細川連立政権が成立して100日が経過し、同政権が最大の課題としたいわゆる政治改革法案が衆議院を通過して、細川連立政権の政策決定の手法が明かとなるに伴い、その問題点もはっきりして来たといえよう。
 細川連立政権の政治運営の第一の問題点は、政党と選挙中心の選挙を実現するためにとの理由で細川政権が選挙制度改革を進めているにもかかわらず、国民が政党を政策の面で信頼できず、選挙そのものが国民の政策選択の場としてほとんど意味を持たなくなってしまう状況を、細川連立政権に参加している諸政党がみずから作っていることにある。
 そのもっとも極端な例は社会党だが、周知のように、社会党は7月の選挙の時まで小選挙区制の導入に強く反対した政党のひとつで、今回提案している小選挙区比例代表並立制についても、これを日本の議会政民主主義の基礎を破壊するものとして反対のスローガンを選挙民に対して掲げていた。だが現在は、政治改革担当大臣の山花前委員長と自治大臣の佐藤観樹前副委員長という選挙制度改革担当の2大臣を出しているのであって、非自民の連立政権維持のために消極的に選挙制度改革を支持しているというのではなく、積極的に小選挙区制導入の中心的役割をはたしている。社会党は、連立政権参加を境として、選挙時における最大の争点であったいわゆる政治改革=選挙制度に関する政策を180度変化させてしまったのである。
 細川首相自身も今回の政治改革法案の審議の過程で同じような変節を示したのであって、連立内閣を構成するに当たって政治改革をその第1の任務とし、比例代表250議席、小選挙区制250議席の小選挙区比例代表並立制に賛成することを連立政権参加の条件として各政党にみずから示し、それを政権構築の「基本合意」として国民に提示しながら、状況が変わるとこの内容を一夜にして変更してしまったのであった。
 選挙で政策を国民に訴えた政党が、選挙後の状況が変われば主要政策でもその内容をまったく違ったものに変え、さらに、連立政権を構成した後でも、国民の前に掲げた政権構築の基本政策を、状況が変ったとして政権の責任者が一夜にして変更するというのでは、国民は一体何を信じて選挙で政策と政党の選択をすればよいのであろうか。
 現在の政治運営をそのまま続けて行けば、どのような選挙制度を採用しようと、政治の決定が国民とはまったく乖離(かいり)したところで行われることになり、公約をまもるという政治家としての最低限度のモラルが失われてしまう。
 第二に、細川連立政権成立からその後の政策決定のパターンを見ていると、そこに「ブラックメール・ポリティクス」(脅しの政治)とでもいうべき悪(あ)しき慣習が育ちつつあるように思われる。
 もし自党の主張が採用されなければ連立政権から脱退し政権を崩壊させると間接的な脅しを表明することで、政策決定に大きな影響力を確保しようというのがこの政治手法である。
 ゼネコン汚職関係の議員喚問問題ですでにこの手法の影響が出ているが、今後は消費税や農業問題でこの手法の影響が出るであろう。
 このブラックメール・ポリティクスの政治手法の始まりは、連立政権を構成する政党の中でも決して議席数で多くはなかった日本新党の党首細川氏が、社会党や新生党などより大きな政党の党首を排除して、首相となったところにあったといえるかもしれない。細川氏に邪心があったということではないのだが、キャスティング・ボートを握る立場にあった日本新党の党首の細川氏が、このキャスティング・ボートを握る少数政党の党首としての立場を利用して、250・250の小選挙区比例代表並立制の承認を連立政権参加の条件として各党に迫り、結果として少数政党の党首でありながら首相の座についたのを見て、各党がこの「ブラックメール・ポリティックス」の手法を模倣し始めたということになる。
 政治改革法案の最後の段階で連立政権最大の与党である社会党の努力が成功しなかったのを見ても分かるように、この脅しの政治の手法は連立政権を構成する政党の中で大政党よりも少数政党が効果的に使える手法であり、そのために、国民の中の少数意見が、突出したかたちで政策決定に大きな影響を与えることになる。国民の中の意見の分布が、正確に政治的決定に反映されないことが、この政治手法の影響の最大の問題なのである。
 ブラックメール・ポリティクスによる政策決定が続けば、諸政策間の整合性と一貫性は失われ、決定の結果が最良の政策選択、もっとも理性的な決定となる保証は何もなくなってしまう。
 最後に、細川連立政権の政策決定において中心的役割をはたしている小沢一郎氏が、政権の中で何の公的地位にも就任していないのは、決してよいことではない。連立政権が政府としてなした施策の結果がよくなかった時に、小沢一郎氏が政府の中でなんら公的な地位を占めていないために、小沢氏は政府内部で制度的に責任をとることが出来ない。責任を追求されない地位にある人物が政策決定の中で中枢的役割を占める場合、その政策が無責任で劣悪なものとなって行くのは、ボス支配の歴史が示している。
 これから先、どの政党も絶対過半数を獲得できず、どのような形であれ連立政権がしばらく続くことが予見されるが、一体どのような政治の運用を連立政権で行って行くべきか、選挙制度以上に重要な問題として、考える必要があろう。
 (東海大学教授・政治学=投稿)