オーストラリア旅行記


 1995年春、かねてからの念願であったパースへの旅を実現させるべく、計画を練り始めた。時期は休みの取れる夏、旅の友は、オーストラリアに興味を持つTさん。私達の考えた案は、エアーズロック、パース、大陸横断を取り入れたものであった。
 まずは、航空券の手配であるが、これについては、HISと決めていたので電話1本でOK。ただ名古屋−ケアンズは人気の便であるため、日にちの指定は難しく、8月14日出発、25日帰国の便がやっととれたという状況であった。飛行機が決まればいよいよ具体的な計画作成だ。とはいえ、行く場所は大体決まっているので、後は、オーストラリア国内の航空券、ホテル、大陸横断鉄道の予約だけである。こんな簡単なことでも仕事の合間に行わなくてはいけない身にとっては、なかなか大変であった。電話、ファックスでどこかに連絡を入れているという毎日だった。
 こうして出来上がった案は、名古屋−ケアンズ−エアーズロック−パース−アデレード−シドニー−(ケアンズ)−名古屋というものであった。練りに練ったつもりだが、出来上がってみると、なんてことはないどこにでもありそうなものだった。ただ、少し欲張りな、そして忙しい旅であった。

8月14日
 
QF050便にて出発、翌15日早朝ケアンズ着。夜明け前だったので、外はまだ暗く、エアポートバスから見える景色は、さほど外国を感じさせなかった。次第に明るくなってきたが、やはり、これといってオーストラリアを感じさせるものはなかった。なんとなく、日本にもある海岸沿いの街という印象だった。海を左手に見ながら、そうだ、これは南半球の海なんだなどと、当たり前のことに妙に感心しつつ、まずは、インフォメーションへ行って、今日、明日のプランを決める事にした。海のスポーツに興味のない私たちは、今日はグリーン島、明日はキュランダと決めた。
 ケアンズから1時間弱でグリーン島に到着。桟橋に降りると、あまりの強風に吹き飛ばされそうになった。飛ばされないよう一歩一歩踏みしめて、島に入ったときはほっとした。純サンゴの島らしいが、歩いている者には、ただの島だった。さすがに海はきれいで、砂浜も見事だ。ぐるりと1周歩いてみたが、相変わらず風が強く、少し寒かった。そりゃそうだ、冬だもの。ただ、たおれたままでもしっかりと根を張り、枝をはって生きている木を見て、すごい!と思った。すごいといえば、島内にあるマリンランドメラネシアで会ったワニくんである。体長5m90cm、なんと13人もの人を殺してしまったとか……作り物のように見えるのだが、時々目が動き、のそっと動いたりもする。さすがに歯は丈夫そうだった。東南アジアに近いだけに、インドネシア風(南太平洋風?)の工芸品などがたくさんあった。
 しかし、このあと乗ったグラスボートはさんざんであった。小さなボートで珊瑚礁を見に行くわけだが、何度も言うようにとにかく風が強く、当然のことながらよく揺れる。澄んだ海の底のたくさんの珊瑚礁を見ながら、ビニール袋を持って来なかったことを後悔した。このおかげで、アイスクリーム1個という、とても経済的な昼食で済んだが、今でも思い出す度に、胃がひっくり返りそうになる私である。

8月16日
 5ドルでたっぷりの朝食をとり、キュランダへ出発。天気も良く、高台からみるケアンズは緑が多くて、気分は上々。サトウキビ畑が広がっていたが、そう言えば、ガイドブックに砂糖の集積地とかいてあったっけ。キュランダでは、蝶々保護区を見、マーケットでウィンドー(?)ショッピングを楽しんだ。何といっても圧巻だったのは、体長15cm以上はあろうかという芋虫。しっかりカメラにおさめた。マーケットには、ほんとうにいろいろな物があった。荷物が増えると後が大変なので、木のブローチを買うにとどめておいた。ここで食べた焼きビーフン、とてもおいしかった。
 キュランダ鉄道でゆっくりと下って行く途中、車窓に広がる景色は、自然そのもの。時間の流れも実にゆっくりなのだ。やはり私には、海よりも山ということがよくわかった。
 どーでもいいことだが、夜食べた、おすしは絶品だった。

8月17日
 ホテルの部屋で、昨日買っておいたパン、オレンジジュース、ヨーグルトを食べ、雨と風という最悪の天候のなか、空港へ。今回の旅のメインの1つであるエアーズロックへ向けて出発だ。3時間ちょっとで到着。空から見るオーストラリアはただただ広く、どこまでもどこまでも大地が続く。空港でオルガ風の谷とサンセットバーベキュー、エアーズロック登岩ツアーの申し込みをしてホテルへ向かった。ここの土の赤さに感動する間もなく、遠くにエアーズロック、マウントオルガが見えてきた。ホテルに荷物を置いて、踊りだしたくなるほどの興奮をおさえ、バスに乗り込み、オルガへ。水筒に水を入れてもらい、トレイルに出発。自然の偉大さに畏れすら感じながら、赤い土の上をひたすら歩く。が、景色の見事さにしばしば足が止まってしまい、前を行く人に追い付くために走らなければならないはめに陥った。こんな所ではぐれてしまってはどうしようもないもんね。少し疲れたなと思った頃、眼前に広がる風の谷。ナウシカの世界へ迷いこんだのでは……と思わず目をこすった私である。この感動を表す言葉が見つからないのが残念だ。とりあえず、「!!!!!」とでもしておこう。サンセット……これがまたすばらしかった。日が西に傾き始めると、分刻みに岩肌の色が変わっていく。だんだんと赤くなり、最後の一瞬“岩が燃える”。ほんとうに、“燃える”のだ。そして、次の瞬間には、冷たく暗い岩の色に戻ってゆく。
 日没。素晴らしい光景に見とれている間に、バーベキューの準備が完了していた。オレンジジュースにワインを入れて、今日1日の出来事に感謝の乾杯。たっぷりの肉と野菜、初めて食べたカンガルーの肉は、固くてパサパサだったが、経験としてはまあまあか。大自然の中での食事の後は、星の観察が待っていた。星ってこんなにたくさんあるものなんだということを改めて感じた。南十字星もバッチリ、天の川だって、地平線から地平線へ大きな弧を描いている。“星が降る”ってこんな感じなのかな、なんて考えながらベンチに寝そべっていると、私もこの自然の中の一部であることが、不思議と実感できた。
 “これがオーストラリアなんだ”ということを、思い知らされた1日だった。ベッドに横になり静かに目を閉じると、真っ赤に燃えたマウントオルガの姿が、鮮やかに蘇った。

8月18日
 いよいよエアーズロックに登る日が来た。足腰には全く自信のない私であるが、ここまで来たからには何がなんでも登らなくては、との思いを胸に、登り口に立った。思ったよりずっと急な斜面で、頼りは1本の鎖だけ。その鎖にたどり着くまでにも相当な斜面を登らなければならない。顔をひきつらせながら、いざ登岩開始。相当強い風に体が揺れるが、鎖をしっかり握り足元だけを見て、ひたすら登る。もちろん、怖くて下を見ることはできない。落ちて亡くなった人がいるというのも、十分うなずける。鎖の斜面を登りきると、あとは岩の上を頂上目指して歩くだけ。眼下に赤い土が広がり、人や車がとても小さく見える。マイペースでゆっくりと歩いているうちに頂上に到着。気分爽快360度大パノラマ、どっちを見ても何もない。昨日行ったマウントオルガが小さく見えるだけだ。満足感に浸りながらちょっとひと休み。さあ後は下りか……なに大丈夫さ、だって登ってきたんだもの。それなりの恐怖感を味わいつつ、何とか無事下岩。もう一度見上げて見る。やっぱりすごいところだ。アボリジニの人たちの聖地ということだそうだがそう思って見てみると、神々しくさえ思えてくる。
 エアーズロックに別れを告げ、アリススプリングス経由で、憧れの街パースへ向かった。わずか2時間ではあったが、砂漠の中のオアシスの街、アリススプリングスに立ち寄ることができた。一番の繁華街だというドットモールを歩いたが、あっという間に終わってしまうほどかわいらしい通りだった。アボリジニの人たちをたくさん見かけたが、白人社会とはあまりうまくいってない様子が見て取れて、悲しい気がした。
 水がなく塩だけの湖が点在する大地を横切って、パースに着いたのは夜だった。

8月19日
 あいにくの曇り空。パース初日なのにと少し残念な気もしたが、さっそく街に出かける事にした。ロンドンコートにある店で朝食をとり、いざ、ショッピングへ。
 本、カレンダー、Tシャツ、一気に荷物が増えた。パースを歩いていると思うだけで、心がうきうきした。幸せってこういうものなんだ。
 午後はキングスパークへいってみることにした。しかも歩いて。ワイルドフラワーが咲き、芝生はどこまでも続き、眼下にはゆるやかにうねって流れるスワン川とビル街、絵葉書の中にいるような錯覚に陥りそうだった。
 ここまで来たからにはインド洋のサンセットを見てみたい、との思いから、夕食はフリーマントルでという事にした。パースから20km弱の港町だが、どこかひなびて古ぼけた感じのする街だった。電話で海の見える席を予約し、料理も奮発したが、非情にも、空は厚い雲に覆われ、日没を見ることはできなかった。波の高い冬の海を見ながら、「よし今度はパースだけを目的にゆっくり来よう」と心ひそかに決意した。

8月20日
 昨日予約しておいたピナクルスへの1日ツアーに出かけた。早朝出発、やや揺れの激しい4WDに乗っての短い旅だ。愉快なガイド兼ドライバーのスティーブ、今日1日楽しく過ごせそうな気がする。車は快調に進み、まずは、コアラとご対面、でっかいコアラが係員に抱かれてやって来たので、指をつついてみたが反応なし。ユーカリの木に登って熟睡している奴や、ひたすら食べている奴、木の上を元気に飛び回っている奴など、勝手気まま、好き放題、なかなかの強者ぞろいだった。
 次は、ワイルドフラワーの咲きほこる草原へ。舗装のされていないまっすぐな道路、その両側に咲くたくさんのワイルドフラワー。自然そのもの、人の手など加えようのないほどのスケールだ。その証拠に、4WDの前をさりげなくカンガルーが横切ったり、遠くにエミューの走る姿が見えたりするのだ。
 エアーズロックにも相当驚いたが、ピナクルスが突然現れた時も一瞬言葉を失った。敢えて言うなら「はぁ?」って感じかな。そして次に続くのは「何、これ?」。どーしてこんなものができたのだろう。不思議、とにかく不思議。自然は生きているんだ、ということを実感したのであった。あっちを見てもこっちを見ても、この景色。ウーン、すごい。今も風化は進んでおり、数百年後には消えてしまうとか。やはり、自然は生きている。
 インド洋に面した海岸でピクニックランチを食べ一休み。自然の風が最高のドレッシングだ。そして、次は、海沿いの悪路を思いっきり走った。さすが、4輪駆動、なかなかやるものだ。(私の愛車ジムニーもこんなことできるのかなあ、1度試したみたいなあ、と思ったが、自分の運転技術を知っているので……)どこまでも続く砂丘、やや波の荒いインド洋、そして、何よりも驚いたのは、雪のように白い砂の色である。純白の砂なんて信じられないことだが、私はその上に立ち、ケーキを食べ、コーヒーを飲んだ。真っ白い砂浜でのティータイムは、言うまでもなく最高だった。
 シートベルトをしていないと、放り出されてしまいそうな、ほとんどアクロバットに近い運転で、急な斜面を一気に降りたとき、後ろの座席に座っていたフランス人の男の子のカメラが一番前まで転げ落ち、彼は暫く顔が引きつっていた。そういえば、ジュースやポテトチップスなんかも散乱していたっけ。
 今日こそは、インド洋のサンセットが見られるかもと淡い期待をしていたが、無情にもまた雲が……。でも、雲が赤くなる瞬間を見ることはできた。

8月21日
 インディアンパシィフィックへの乗車は今日の午後。パースともあと半日でお別れなので、もう一度街へ出るため、スワン川沿いのラングレイ公園の散歩を楽しんだ。あいにくの雨交じりだったが、かえって落ち着いた静かな街の雰囲気が感じられた。
 列車の旅はイーストパース駅から始まる。やはり胸の高鳴りは抑えきれない。ゆっくりと、列車がホームに入ってきた。イーグルの絵の下にINDIAN PACIFIC の文字。さあいよいよ2泊3日の列車の旅の始まりだ。寝台車(2人用)の中は、座席(夜にはベッドになる)トイレ、シャワー、流し、洋服掛けなどが、実にコンパクトに収まっている。列車内の探検をしているうちに、音もなく静かに動き始めた。あっけない発車だった。
 すぐに街中を抜け、羊牧場や草原の景色に変わった。人や車の姿はなく、ひたすら平らな土地が続く。ラウンジカーへ行ってみたが、驚くほど豪華であった。窓からは、雨上がりの空に大きな虹の掛け橋がみえた。何時間もほとんど変わらない景色、だが全く退屈しない。食堂車での食事もすばらしかった。私たちと同じテーブルで食事をしたのは、ニュージーランドからの年配のご夫妻だった。
 ベッドに横になると心地よい振動、自然の景色に包まれて眠りに落ちた。

8月22日
 起きてすぐラウンジヘ。モーニングコーヒーを味わいながら外を見ると、ただただ平坦な草原が続いている。すでに、480kmの直線に入っているのだ。ナラボー平原をまっすぐに横切るこの直線のことは以前にNHKの番組で見たことがある。それ以来1度体験してみたいと思っていた。480kmというと東京から京都に相当するらしい。
 朝食後、すぐにクックという名の、鉄道員とその家族が暮らす小さな街に停車した。ナラボー平原で唯一停車する駅だ。一直線にのびる線路を見て思わず「線路は続くよどこまでも」という歌を思い出した。少しばかりのお土産を買い、再び列車に乗り込んだ。
 ナラボーというのは、“木がない”という意味らしいが、その名の通り高い木は1本もなかった。こんなに贅沢な景色をこんなにゆったりと味わっていいのだろうか、と思いながら2泊めの夜を迎えた。地平線に沈む夕日は、美しかった。

8月23日
 アデレード到着は午前6時30分。駅に荷物を預けて街へ出た。その前に、乗車記念にワイングラスを2つ買った。アデレードはビクトリア広場を中心に広がる落ち着いた街で、日本人の姿もほとんど見かけなかった。ぶらぶら歩き、チョコレートを買ったり、本屋さんに入ったり、のんびりと過ごした。シドニーまで列車で行くには日程的に少し無理があるという理由で立ち寄った街だが、オーストラリアの雄大さを思う存分味わった後だっただけに、この街の染み入るような落ち着きが心地よかった。
 夜、飛行機でシドニーへ向かった。空から見るシドニーの夜景、宝石箱のようだった。

8月24日
 シドニーでの朝は、薄曇り。王立植物園を横切ってサーキュラーキーヘ。10年前に来た時よりも整備され随分きれいになっていた。右にオペラハウス、左にハーバーブリッジ。これぞシドニーという図だ。ロックスやシティを歩き、気に入った店に入ってはウィンドーショッピングという1日だったが、買い物にはあまり興味のない人間なので、専ら見るだけでほとんど何も買わなかった。オーストラリア最後の日は街で買ったお惣菜とビールで乾杯。

8月25日
 早朝空港へ、ケアンズ経由で名古屋へ。長いようで短かった今回の旅も無事終了。帰り着くなり「さて、今度はどこへいこうかな。」と考え始めた私であった。