『絵物語ホビット』に関して


 1999年10月――本の奥付けには「1999年11月10日発行」とある――、原書房より『絵物語 ホビット ―ゆきてかえりし物語―』(デイヴィド・ウェンゼル画)という本が出版された。内容的には『HOBBIT』を劇画化したものといった趣の本である。
 残念ながら同書にはいくつかの問題点があるように思える。それを思いつくままに指摘してみたのがこのページである。
 検証が不十分な部分や私のほうの間違いもあるかと思う。ご指摘いただければ幸いである。

 2001年5月1日、同書の翻訳者である山本史郎氏よりメールを頂戴した。その中で、私の疑問に対する懇切丁寧な回答やご自身の見解をお示しいただいた。
 本来であればすぐにでもこのページに反映させたいところであるが、正式に転載の許可を得ていないため、現段階ではその事実だけを紹介させていただく。
 また、私の文章中に明らかに同氏に対する礼を失した表現があったので、その部分を修正させていただいた。(なお、この件については山本氏からなんらかのご指摘があったわけではなく、飽くまでも私の判断によるものであることをお断りしておく。)

2001年5月5日


1 基本姿勢の問題

 冒頭にも述べたとおり、本書は『HOBBIT』を劇画化したものである。つまり、絵を担当したデイヴィド・ウェンゼルの作品というべきであって、トールキンは「原作者」とすることこそがふさわしい。にもかかわらず、表紙にも背表紙にもトールキンの名が大書され、ウェンゼルの名は翻訳者と同等の扱いである。さらに、奥付けにはトールキンの名が「著者」と明記までしてある。これでは、トールキンに対しても、ウェンゼルに対しても失礼なのではあるまいか?


2 編集の問題
 編集ミスがいくつかある。

p 1 最後のコマ 「あれ」と「Oh」が重なってしまっている。
p10 1コマ目 「この本のぼうとうの地図をごらんください」と「LOOK AT THE MAP AT THE BEGINNING OF THIS BOOK」とが重なっていて読めない。
p97 左のコマ 最初のナレーションの文字が1字――「る」である――はみ出している。


3 翻訳の問題
 誤訳と思われる部分や訳に違和感を覚える部分がある。特に気になったものを取り上げてみた。

p13 2コマ目 「ナンタルチア!」…原語では「Great elephant!」
 たぶん「うすのろ」といったような意味なのではないだろうか?
p25 最後のコマ
(p80にもあり)
「西の高地のエルフ」…原語では「High Elves of the West」
 これだと「高地に住んでいるエルフ」という意味になるが、正しくは、いわゆる「ハイ・エルフ」と呼ばれるエルフの家系(?)を指しているはずである。
 なお、瀬田貞二訳では「西のくにの上のエルフ」となっている。「上のエルフ」というのもいささか分かりにくいが、訳としてはこちらのほうが正しいであろう。
p46 最後のコマ 「超ムズ問題」
 こういう訳をする必然性を感じないのだが…。
p50 1コマ目 「キモい」
 同上。


4 表記の問題
 国語的に妙だと思われる表現もいくつか見られる。

p 9 1・2コマ目 「来れぬ」
 私はいわゆる「ら抜き言葉」が嫌いである。話し言葉としては定着しているものの、文章表現としてはふさわしくないのではないだろうか。
p98 3コマ目 「転びつまろびつ」
 「こけつまろびつ」と同義だと思うのだが、こういう表現があるのかどうか確認できなかった。
p103 最後のコマ 「出れない」
 やはり「ら抜き言葉」である。
p104 最後のコマ 「歌や伝説をはるかに越える
 こういう場合、「超える」のほうがふさわしいと思う。
p109 6コマ目 「愚図ゝゝしている」
 「ゝ」の使い方が一般的ではない。これで「グズグズしている」と読ませるのは無理がある。


5 事実誤認の問題
 別の場所で既に指摘済みだが、もう一度取り上げておく。

p135 訳者あとがき 「トールキンといえば『指輪物語』(原題『指輪の王』)で有名ですが、」
 『指輪物語』の原題は『The Lord of the Rings』である。
 訳者は以前の『新訳ホビット』においても、一貫して『指輪の王』と翻訳していた。確かに『指輪物語』は意訳であり、『指輪の王』のほうが原題に忠実な訳語ではある。しかし、一般に広く知れ渡った題名を無視するような態度には首をかしげさせられたものだ。