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コントラバスの起源
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今日、演奏に用いられる殆どの楽器は、その祖先及び発展体系をたどることが出来る。しかしながら弓弦楽器(擦弦楽器)については必ずしもそうではなく、コントラバスが最初に現れたのがいつであるかは明確には判っていない。現存する初期に作られたバスは極めて少なく、楽器に自らの名を入れたラベルを付けた作者もそれほどおらず、また初期においてバスを指す用語がかなり多く存在していたこと等が、この作業を困難なものにしている。さらに、実際にはVIOL族系の楽器であるバスが、しばしばVIOLIN族として分類されて来たことも、この混迷をます要因となっている。
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低声部楽器の発生
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西暦1200年までにgige(後のgigueやgeige)というながアラビアのrebabから発展したrebecやguitar fiddleに与えられている。(ドイツでは弓で奏される殆ど総ての楽器がgeigeと呼ばれる。)この頃の音楽はある限られた音域内で作曲され、声部も2〜3程度しか持っていなかった。(肉声と楽器がしばしば同じ声部を受け持った。)これをDufay(15世紀中葉のフランスの作曲家)がはじめて4声部に拡大し、それまで省みられなかった低い音域にも作曲家の目が向けられるようになったのである。この結果、音楽家たちには低声部を受け持つ楽器が必要となり、その要求は既存の楽器を形や構造を変えず、単に大きくすることにより満足させられた。ついにgigeはKleibe geigeとgrosse geigeとに分化したのである。 kleine geigeはその祖先のrebecのような長円形の胴をもつが、それに対しgrosse geigeは後のviolを想起させるような中胴がくびれた形をしている。
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初期のバスに関する文献
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Curt Sachsによると、バスに関する最も古い文献は、1493年に記されたもので、それはイタリアで見た等身大のviolについてのスペインの音楽家による記述である。また、バスを描いた最古の絵は1566年に刊行されたFrancoliniのTurnierbuch(旅行記)の中にあるものとSachsは述べている。1568年刊行のBuechlein Aller Staendeに掲載された絵には、かなり発展したバスが描かれており、この絵は他の文献にもしばしば複写されている。ここに描かれた楽器は、駒、C形の音孔、そして今日の楽器のような渦巻きのある糸巻箱が見られる。前述のように1566年依然に描かれたバスの絵は存在しないのであるが、その100年程前には、作曲者のバスセクションをになう楽器の必要性によって、なんらかのバスは作られていたのであろう。
Grosse Geigeは1511年Sebastian Virdung著のMusica Getutscht und Ausgezogen(ドイツの音楽)の中で描かれたのが最初である。この初期のバスは9本の弦が今日のギターの様に備えられていた。駒はなく指板もなく、ネックには7つのフレットが見られる。糸巻箱は少々後方に反り、中胴は内側にくびれ、薔薇形の音孔が胴の中央にある。おそらく、中程の弦が外側の弦よりも弦高が高くなるように、弦をかける部分が丸いカーブを描いていたと思われる。Grosse Geigeは歌手と共に用いられ、チェロの様に膝の内側に挟んで支えられた。
1528年Martin Agricola著のMusica Instrumentalis Deutsch(ドイツの楽器音楽)が刊行された。この本には当時用いられた様々なGeigeが描かれている。rebec形の3弦のkleine geige、裏板の扁平なguitar fiddle形の3弦のkleine geige,4弦、5弦、6弦のgrosse geige等が。 この3種のgrosse geigeはフレットがあり、中胴はくびれ、薔薇形の音孔は胴の中央に、2つのC孔は上胴にあり、糸巻の横についた糸巻箱を持っている。この時代のgeigeには、既にソプラノ・テナー(アルト)・バスという3つのサイズがあった。前出の2種のKleine geigeはluteのように3度や、4度の調弦がなされた。(但しEngleはkleine geige, grosse geige共に4弦がしばしば作られたとしており、またHeron Allenは3弦のgrosse geigeも存在したと述べている。) AgricolaのGrosse geigeはVirdungの頃のそれと次の2点、すなわち弦の数の減少、糸巻箱に渦巻きが着いた、しか変化していない。これらVirdungやAglicolaのgrosse geigeは極めて初期の低音弦楽器であるが、それが今日のバスと異なることは明確であり、それはコントラバスと全く違うgrosse geigeという楽器と解釈すべきである。
イタリアのSylbestro Ganassiが出版したRegola Rubertina(1542年)というViolのメソードに於いて、初期の楽器と今日のバスとの大きさや形状の関連を伺い知ることができる。Warneckeはその中に見られる楽器をKontrabass Ganassiと名付け、ギターの様な変わった外見について以下のように説明している。「この楽器は駒を有し6弦、フレットは9個、糸巻箱は渦巻きで終わる。弦はテールピースで固定され、薔薇形の音孔は無くC孔は胴の中心に向かっている。」このむしろグロテスクとも言える形の楽器は16世紀初期に作られた物で、1618年にPraetoriusuの描いたViol da gambaにつながる楽器とされている。
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