金光教佐野教会は、明治38年5月4日に、現在の泉佐野市の範囲に当たる地域の
多くの金光教の信徒達の願いの元に設立された教会です。
教会の建物は信徒達の手で明治36年7月13日に建てられ、明治37年11月30日には、当時の真砂教会長福嶋儀兵衛師等のもと開所式が仕えられました。しかし、登記の関係で教会の設立には教会長(兼務でないという条件でした)が必須でした。
そこで、初代教会長には設立に尽力された岸和田教会の藤島新蔵師(右モノクロ写真)の御子息、後に岸和田教会の二代教会長となる藤島市太郎師に、そしてその後を承けて二代教会長には、堺の鳳教会を開く工藤茂吉師にお願いすることになりましたが、当教会専任という形での御用は出来ませんでした。
そこで、常在する教会長をとの信徒のより一層の願いのもと、金光教で三代金光様と称される金光摂胤(こんこうせつたね)師の命により、福嶋眞喜一(まきいち)が昭和17年に三代教会長を拝命し派遣されました。
教会長の就任式で「生涯ここで生活し、ご用をさせて頂きます」と挨拶したと伝えられています。
四代目、現教会長は、福嶋和一(わいち)です。(右カラー写真)