秋川渓谷・囲炉裏がある合掌造りの宿 兜家旅館
INTRODUCTION
おいでませ、ふるさとへ
緑ふかい山々に抱かれた、奥多摩 檜原村。南北朝時代の落人伝説を秘めた数馬の里に、当兜家旅館はあります。
兜家の名の由来は、築200年を数える、鎧の兜のような「兜造り」の母屋。太組の柱、茅葺きの屋根は、いつの日も人々のあたたかな団居を見守ってまいりました。そこかしこに先人のやさしさが息づく当旅館で、いまひととき、ふるさとに戻ったお気持ちでおくつろぎください。
本館は重厚なお部屋と大広間を備え、新館には囲炉裏付の広々とした二間続きのお部屋がございます。また、渓流を眺められる温泉もご用意いたしました。お食事には、山菜・川魚・猪など山の幸をふんだんに用い、旬の味わいをお楽しみ頂けます。特に新館では、囲炉裏端での炭火焼料理がございます。さらに、当旅館では日本各地の銘酒20種を取り揃えてございます。お料理と一緒に、お好みの味を探されてはいかがでしょうか。
川のせせらぎ、鳥のさえずり、木のぬくもり。いつのまにか忘れ去っていたものが、ここにはございます。ふと疲れたときに思い浮かぶ、みなさまの「ふるさと」になれればと存じます。奥多摩でのお泊り、また散策の一息のお食事処として、お気軽にお立ち寄りくださいませ。
数馬の民家は合掌造りの建物が多く、屋根の形が兜(かぶと)に似ているところから、かぶと式、カブト造りともいわれ400年の歴史を秘めています。正式には「富士系合掌造り」と言います。堂々とした茅葺き屋根が無言のうちに日本人の心のふるさとを教えてくれます。この富士系合掌造りは富士火山帯を中心に分布しています。特に山梨県に多く分布しているのは、江戸時代から、数馬(東京都)と山梨県を結ぶ山道を利用して、山梨(甲斐)県、都内地方との交易、文化の交流が盛んに行われていたからでございます。内部は四層に仕切られおり一階と二階は普通の部屋、その上に三階と四階の板の間になっています。板の間では後まで養蚕が盛んに行われ、養蚕の折、二階以上は最大限にそれぞれ2層に仕切り、計七階に使用することもありました。この建物はクギをほとんど使わず木と木を組み合わせる建築構造になっています。屋根の厚さは、一番薄いところで60センチ、厚いところで120センチあります。茅葺き屋根は、夏涼しく、冬暖かいところに特徴があります。この茅葺きは、屋根をふくカヤの入手が困難な上、ふきかえ費用がかさんで落ち目になりました。戦前まで数馬の家は、この合掌造りがほとんどでしたが、今完全な合掌造りは四軒を残すのみとなっています。
周囲は山また山、気温は都心より6度近く低く、夏でも明け方は寒さを感じるほどで、合掌造りの民家は梅雨のむし暑さも感じさせません。東京の西涯(さいはて)人の心に郷愁を感じさる暑さ知らずの夏に・・・。冬にこたつに入って山気を一杯吸って孤の旅に・・・。新緑とかやぶき屋根が映える初夏に・・・。満山紅葉の晩秋、山径と紅葉をカサコソと踏みしめて峠を見おろせばなつかしい兜造りのかやぶきが・・・。四季折々の山菜を食べさせてくれます。
かぶと造りの建物は、東京とは思えないような山深い里に、わずかに残された先人たちの知恵の遺産でございます。堂々とした柱や梁を眺めながら、しばしそんなことに思いをはかせるのもいいでしょう。また、囲炉裏を囲んで楽しい話にハナを咲かせるのも楽しみのひとつでございます。
合掌造り・・・屋根を構成する小屋組みの部材を山形に組合わせ母屋(おもや)をうける造り方をいう。
入母屋造り・・・屋根の側面上方は切妻、下方普通勾配をつけた様式をいう。中国・日本の代表的な建築様式。
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