「しかし今日は暑いわねぇ」
彼女がつぶやく。
「なにいってんだよ。夏が大好きなくせに…。がまんしろって!」
自分で言うのもなんだけど、僕らはお似合いのカップルだと思う。
今夜は雑木林でデートだ。
えっ、目的は何かって? フフフ…それはヒミツさ。
ここは郊外の丘陵地帯だ。人家もないし、街灯もほとんどないから
夜は一面真っ暗闇の世界なんだ。
ただ今夜は満月だから、いつもよりグ〜ンと明るいけれど…。

「ねえねえ、ホントにアレ来るのかしら? アタシ信じてるんだからね、あなたの話を!」
彼女はいまだに半信半疑のようだ。
僕はすかさず答える。
「なんだよ! おまえだってこのあいだ『UFOって絶対地球に来てるよね!』って
自信タップリに言ってたじゃないか!」
実は僕の友達に、やたら超常現象に興味をもっているヤツがいる。
彼によれば、つい最近丘陵のこのあたりで、不思議な飛行物体を見たというのだ。
しかも、流れ星や飛行機のライトみたいにまっすぐ動くのではなく、
ジグザグにふらふらと動いていったのだという。
彼は物陰でじっと息をこらして謎の物体を見ていたそうだが、そのうち自分の
ほうへ降りてきたように見えたので、命からがら逃げ帰ったのだそうだ。
嘘をつくようなヤツじゃないし、マニアが言うんだから、自分の目で
確かめるっきゃないと思い、ミステリー好きの彼女を誘ってみたんだ。
(ホントはひとりで行くのが怖かったからなんだけど…)
「ねえねえ! あれ何かしら! 見て見て!」
彼女が突然声を張り上げた。
夜空に、確かにチラチラっと輝くような光が動いた。
その飛行物体は、まるでホタルのように不規則に動いている。
「やべえ、本物だぜ! ありゃあ…」
生まれてはじめてこんな不思議な光をみた。一瞬見とれてしまう美しさだ。
「やだ! なんかこっちへ近づいてくるわよ…」
「まずい! やつら、地球の生物を捕まえて標本にするつもりなんだ」
「じょ、冗談じゃないわ。やめてよ」
彼女は僕に抱きついて顔をうずめる。
ここで彼女を置いて逃げたら男じゃない。
彼女を守らなきゃ…、なんとしても全力で守らなきゃ…!
とにかくどこかに隠れなきゃ! あせる気持ちをおさえてあたりを見回す。
大きなクヌギがあった。
僕らはその陰に身体を寄せ合い、危険が遠ざかるのを待った。
ところが謎の飛行物体は、僕らの気持ちを見透かしたようにどんどん近づいてきた。
光は輝きを増し、まぶしくて目を開けていられない。
おまけに変な音が聞こえる。やはり今までに一度も聞いたことがない不快な音だ。
身の毛がよだつような…恐怖。
不気味な音がキンキンと頭の中に鳴り響く。
「たすけて…」
彼女がうめいた。
その瞬間、僕の身体は今まで体験したことのない強い力でつかまれて宙に浮いた。
足をもがいてもだめだ。
いつもならこの角で相手をやっつけられるはずなのに、しっかりと異星人に握られてしまっている。
彼女の方を振り返る。
やはり強力な光が当たり、大きな手が襲いかかろうとしていた。
また例の不快な音が鳴り始めた。
「◇●\~◎△▼∴○□◇■*」(パパ! カブトのメスだ)
「△□◎●~◎□◇■△:*▼∴○」(そのオスとなかよしなんだね)
「{:+>・?≪◎■◇*▼∴△▼∴○□◇」(じゃ、この2匹だけ持って帰ろうか)
僕らは、奇妙な形の宇宙船に押し込められ、宙ぶらりんにされた。
住み慣れた雑木林がどんどん遠くなっていく…。
宇宙船の格子のすきまから、こうこうと輝く満月が見える。
今夜は空を飛びたくなる日。そう、もっと早く飛んでいれば良かった・・・。
これから先、僕らにはいったいどんな運命が待っているのだろう。
でも、彼女を守るのはやっぱり僕しかいない…。
僕は精一杯の笑顔をつくると、全身に力をみなぎらせ彼女のそばへ歩みよった。
(おしまい)