「デパR」の怪

2002年初秋の残暑厳しい午後、都内の某デパートの入り口に立つ私。
地下鉄の駅に直結した通称「デパ地下」では、主婦の皆様が嬉々として、夕食用の惣菜の品定めにいそしんでいる。
私は、いまや自動運転ばかりになったエレべーターに滑り込むと迷わず「R」のボタンを押した。
一瞬、体が無重力状態になり、遠い記憶のスイッチが入る。
生まれて初めてエレベーターを体験したのもデパートだった。
5,6歳の頃、混雑した店内で迷子になり、泣きじゃくったときの恐怖も鮮明に脳裏に焼きついている。
恐る恐る顔を上げ、周りにうごめく大群衆を見渡すと、自分がまるで深い雑木林の中に取り残されたかのような錯覚を覚えた。
階数表示「R」は、そんな混沌から脱出するための呪文であり、「退屈な親の買い物という名の結界」から逃れる魔法のようであった。
エレベーターが屋上に着きドアが開くと、そこにはお子様たちの楽園が待っている。
ミニSL、くるくる回るコーヒーカップ、ゲームコーナー、そして燦燦と降り注ぐ都会の太陽。
戦隊ヒーローのショーが行われるであろうミニステージなどなど・・・。
                       ◆
・・・が、ふとわれに返ると、目の前にはガランとしたコンクリの屋上が広がっている。
昔懐かしい遊具類もほとんどなく、訪れる家族連れもいない。
ただ、園芸ショップとペットショップだけは生き続け、というかまるで時が止まったかのように
昔と同じ姿で「デパR」の空間に潤いを与えている。
ペットショップを覗いてみると、案の定、温室の中にやたらと外国産クワカブのラベルが目につく。
菌糸ビンや産卵木など飼育に最低限必要なものも、ややくたびれているがそろっている。
しかし次の瞬間、足元に
国産クワカブのラベルがついたプラケースを見つけ、私の感覚が凍りついた。

コクワガタ(中) 350円
カブトムシ 幼虫 200円
ミヤマクワガタ 1800円
ノコギリクワガタ 350円

カブト幼虫やノコの価格は、異論、反論、オブジェクショ〜ンもあるかと思うが、まあ妥当な線でしょう。
ミヤマもちょっと高い気がするが、都心までの輸送費・人件費・捕獲数を考えると仕方がないか・・・
という諦めの心境にもなる。
ところが、どうにもこうにも理解に苦しむのが、
「コクワガタ(中)」の350円である。
まず、コクワが商品として成立していることが信じられないのだが、
このデパートからわずか20〜30`離れた雑木林には、それはもう、うじゃうじゃと天文学的数字?の個体数が
ひしめいているのである。
ひと夏通えば500頭はカタイ、いや、5月から10月までマジでコクワの採集に励んだら、1000頭も不可能ではない。

しかも「中」というサイズは、どの程度の個体なのか??? 30ミリ台か?
子犬や子猫に「中」、とか「大」という区分がないように、ものすごく違和感がある。
そしたら、コクワ(大)はどんな価格設定になるのだろう。500〜600円くらいか。
ウ〜ム。いろいろな考えが頭をよぎる。
もしかしたら、コクワに
「偽りの希少価値」が生まれてきているのか?
採集経験が一切なく、ショップでの購入やネット上の里子企画などを通じて、
はじめてクワガタ・カブトの世界にはまっていく、というケースも多くなってきている。
「ノコもコクワも都会近くでは見られなくなったクワガタ」として同格、という感覚で捉えるようになったのであろうか。

まだまだ理由はあるだろう。
カブトの場合は、確立された方法で大量生産が可能だが、このコクワは間違いなくワイルドであろう。
雑木林への出張経費や流通形態を考えると、この単価が損益分岐点なのか?
昆虫ビジネスの主流が外国産の希少種にシフトしつつあるなか、こうした国産普通種の動向はいったい・・・
                       ◆
そんなことを考えながら、何気なく「100円ショップ」に立ち寄って見る。
国語辞典や化粧品など、とても100円とは信じられないもの、あるいは採集用具として応用できそうなものもあったりで、
ついつい3個買ってもまだコクワ(中)の値段に届かない。
・・・・・・数年ぶりに寒い冬が巡ってきた。
お子様の足が遠のいた「デパR」に置かれていたあのコクワ(中)、今頃はケースの中で越冬しているだろうか?