Q博士と赤カブト
「うお〜っ、ついに赤が誕生したぞ!」
羽化後一週間ほど経った真っ赤なカブトムシを震える手でつかむと、白衣姿の博士は研究室のテーブルで雄叫びをあげた。



博士が雑木林でたまに発見される「赤カブト」に興味を持ち、人工飼育で誕生させようと研究を始めてから、かれこれ10年以上が経過していた。彼は遺伝子工学の権威であると同時に、薬学にも通じていたが、益虫でも害虫でもないカブトムシの研究に対して、周囲の眼は冷やかだった。
 3年程前、何度も挫折を繰り返しもうやめようかと思ったとき、ふと彼の妻が趣味で使っている赤い染料に目が留まった。説明書きによれば、中国雲南省奥地にしか自生しないという「赤い冬虫夏草」が原料であった。
なにか閃いた博士は、中国3千年の歴史に一縷の望みを託し、現地へ飛んだ。「赤い冬虫夏草」と付近の土壌、昆虫などの生態系サンプルを極秘で持ち帰り、さらに不眠不休の実験を積み重ねた結果、ようやくこの喜びの瞬間を迎えたのだった。

メカニズムさえ解明できれば、あとはトントン拍子である。
真っ赤な色だけではない。白、黄色、紫というまるでチューリップのようなカブトムシが誕生したのだ。彼は最初、近所の子供たちや幼稚園に配っていたが、たちまち噂になり、TV局や雑誌の取材が殺到した。博士はたちまち有名人になってしまった。



彼は近くの雑木林を買い取り、ゴルフ練習場のようにネットですっぽりと覆うと、そこで累代飼育を始めた。綺麗な色に惹かれ、今までは虫嫌いだった女性たちなどからも観賞用として申し込みが殺到した。フレンドリーな彼は、ほとんどタダ同然で配った。
色カブトはCMにも引っ張りだこで、玩具メーカーはもとより車、化粧品会社からも出演の依頼が相次いだ。色虫として人気だった外国産のクワガタやカブトの売行きがピタッと止まり、輸入業者からは苦情の電話も来るようになった。

そんなある日、朝刊に突然こんな見出しが躍った。
「大量のカラス、ナゾの突然死」

博士は嫌な予感がした。
放虫対策は万全のはずだった。
プレゼント用の色カブトにだけは遺伝子操作を施し、従来のカブトムシとの交雑種ができないようにした。もちろん色カブト同士でも交配できないよう対策を講じていたはずだった。雑木林の飼育場では、カブトが王者である。周辺の生態系チェックでも特に異常は発見できなかった。時折、モグラが倒れていたのが気にはなったが、自然死としか思えなかった。しかし、雑木林がネットで覆われていたため、鳥という天敵からは、幸か不幸か完全隔離されていたのだ。

「いっ、いかん! これは大変なことになる!」
彼は急遽TV出演し、決して色カブトを野外に放さないように訴えた。しかし時既に遅かった。表面上の美しさに惹かれ購入した人々の多くは、飼育が面倒になったり飽きてしまったりで、すでに公園や雑木林に放してしまっていた…。



博士は、報道された雑木林へ急いだ。
足元には、カラスやフクロウなど鳥類の死骸がたくさん横たわっていた。そばには、バラバラにされた色カブトが散らばっている。
鳥の死骸には、多数のハエやシデムシなど「森の掃除屋」
が群がっていた…。遠くでは野良猫までも…。
                                                                                                               (おしまい)

●CG制作…マイティホームさん

【解説】
遺伝子を組み換えられた影響で、色カブトの体内に「天敵に対する
抵抗力=毒性」が生まれてしまいました。一代限りで死んでしまえば
生態系に対する影響は心配ないと思われましたが、食物連鎖により
今後影響は様々な生物に及びそう…。そして、やがて人間にも!?