Making of
by 小中 千昭(脚本担当)
フジテレビにて『オールナイトフジ』『夕焼けニャンニャン』等の番組を手がけた笠井プロデューサーが、SONY ANTINOSレコードに移籍して手がけた最初のプロジェクトが、“エリアコード・ドラマ”だった。地方局だけで放送し、その希少性、地域密着性で番組を構成し、主題曲として所属アーティストの楽曲を使うというのがその戦略であった。
小中千昭(脚本)、小中和哉(監督)は、以前にビデオ版『あなたの知らない世界』を手がけた縁で、ビデオマガジン社という製作会社からこのエリアコード・ドラマに企画を提出する事を請われた。
最初は、UFOフォークロアを軸にした不条理ホラーをやろうとプレゼンしていたが、笠井プロデューサーの方から、スペースクラフト・グループ所属の若い女の子をグループとしてレギュラーにして欲しいという要請が来た。また、我々の担当はテレビ静岡に決まった。
企画を練る時間は全く無く、導入の設定と数話のサンプル・プロット程度の企画書が通ってしまい、最も慌てたのが私だった。
『不思議の国のアリス』をモチーフにするのは、今回が初めてではなかった。円谷映像の深夜番組『ワラシ』にて『妖怪のづち/魔界の夢』というアリス・モチーフのオフビートなファンタジーを書いていたし、関西テレビ+宝塚映像『学校の怪談』でも『絶叫ハイスクール』という挿話を私と弟がコンビでやっていた。この『絶叫ハイスクール』のヒロインには“ありす”“麗奈”“樹莉”という名前をつけていた。また同じく『学校の怪談』の別の挿話『妖怪テケテケ』に登場するゲーマーな少女が“後藤美姫”であった。『Alice 6』の各キャラクターには、それらの少女達のイメージを重ねてはいないものの、“アリス的不条理世界に陥る少女”という属性に於いては、同じキャラクターであったと言える。また共通点は、どんな異常な事態となっても、脅えたりせず、ぶーたれてるという太々しさみたいな共通点はあるかもしれない。
スペース・ワン、スペース・クラフト所属の多くのモデル達と面接をした。中には神田うの嬢もいて、和哉は後に『ゼアス2』で仕事をする事になる。
『Alice 6』始動時は、兄弟作『毒婦』というVシネマの仕上げの時期で、和哉はその仕上げに忙殺されており、面接、プランニングは私が先行して行ったが、最終的な6人の並びは和哉が決定した。
撮影は三つのブロックに分ける事にした。1〜4、5〜8、9〜12である。しかし他の番組は多くて2ブロック、多くは一気に12話分をまとめ撮影していたそうだ。つまり、バラエティ番組のドラマコーナーといった程度の予算しか無かったのである。しかし私たち兄弟は、そんなものは作りたくなかった。
毎回異なるルックのオムニバス的な面白さ、かつシリーズ全体で語る一つの物語としての盛り上げをしたい。しかしプランも無いままに企画はスタートしてしまっている。
シナリオもまた三つのブロックに分けて書いたが、最初の2ブロックは取り敢えず“毎回全然違う”という事をやればいいので、その意味では楽だった。勿論予算を鑑みつつの作業なので、特殊効果の技法までも計算してのシナリオ作りだからそれなりの難しさはあったけれど。
しかし、最後の三話分(最終回は総集編と最初から決まっていた)のホン作りには苦しんだ。撮影は東京と静岡半々といった感じでそれまで行なっていたが、やはりきちんと静岡で撮影をしておくべきとも考え、自腹を切って静岡市内、そして伊豆半島にある“虹の郷”というレジャーランドを独りでシナリオ・ハンティングに赴いた。
その結果が10話『Girls in City』であり、11話『Rap Your Heels』である。
この二作は、別格的に思い入れが深いのは、単にシナハンをしたからという訳ではない。可愛い子ばかりがグループで出てくるのだから、いっそモデルという設定にしてしまえ、とか、演技力はあまり期待出来ないから、極力ドキュメンタルな感じで構成しよう、といった思惑も、全体の物語のまとめをする上では一旦チャラにせざるを得ない。虚構の上の虚構、メタ的な構造を採っている以上、最終話への流れは大フィクションにならなければならない。
そして、アリス達は見事にその野心に応えてくれた。これがライターにとっては至福だったのである。
10話は、やはり弟とかつて関西テレビのドラマ『ときめき時代』(折原みと原作)のパロディ的なシチュエーションで始まる。同じ男に恋をしてしまった姉と妹の相克。極めてオールドファッションな“青春ドラマ”。これと平行して語られるのは、極めてドキュメンタルな、“街を歩く女子大生二人”の姿。そしてもう一つが、観念的な会話に終始する、一人の少女の物語。これらは、『Alice 6』というこれまでのフォーマットを一旦粉砕する意図があった。『Alice 6』の設定をこなすだけではなく、もっと違う表情をアリス達から引き出したかった。私がシナハンをしたいという欲求にかられたのは、その“舞台”となる街を、どれだけ私自身が実感し、そこに居るであろう少女達をリアルに感じられるかという理由だったのだと、完成した作品を観て一人得心したのだった。
事実上の最終話『Rap Your Heels』は、虹の郷という、旧いイギリス郊外を模したレジャー施設の存在を知った時に、既に『プリズナーNo.6』へのオマージュにする意思は固めていた様に思う。『Alice 6』というタイトル自体、既にそのもじりでもあったのだから。共通するのは“英国風不条理”でしかなかった筈だけれど、“ヴィレッジ”をこの日本で撮れる環境があるとパンフレットで知った時、この『Alice 6』の運命を感じたのは確かである。
斉木しげる氏は、風貌としては極めて二枚目の俳優である。その細身の躯といい、黒いタートルのセーターに白ふち衿のジャケットがこれ以上似合う役者も、日本にいないのではないか。
最終話は、アリス達が、これまで混沌に引き込んでいた“狩野”(ルイス・キャロルであり、時計うさぎであり、マッドハッターでもある)へ逆襲を試みる話である。この“ヴィレッジ”の不条理さに悩むのは、パトリック・マクグーハンこそ相応しい。
アイキャッチで、モロに『プリズナーNo.6』のそれ(本来は毎回のエンドに流れる)をコピーしてみせたのは、和哉の仕業である。ここまで嬉々として他者・他作品のエピゴーネンを作るのはこれが最初で最後ではないだろうかと思う。そしてラスト。表参道へ戻ってきたアリス達。手を振り合いながら、それぞれに別れていくシーンは、シナリオの倍以上のヴォリュウムがある。一人一人に、感謝と愛情が注がれている。音楽も、わざわざ新録されていた。このラストを一人ビデオで観た時の歓びは、絶対に忘れないだろう。